ここは一体東京のどこ?~Part10~【連載:アキラの着目】

ここは一体東京のどこ?~Part10~【連載:アキラの着目】

13 小時前

FJ時事新聞ニッポンニュース恒例の、昔の東京の街に関する写真や絵を見て、それがどこなのかをあてるシリーズの第10弾。

ではいつもの通り早速問題へ。

Q1.ここは東京のどこなのか?

Q2.ここは東京のどこなのか?

Q3.ここは東京のどこなのか?

おわかりになったであろうか。では順番に正解を発表する。

A1. JR四ツ谷駅

正解は、JR四ツ谷駅。
JR四ツ谷駅

若い頃の筆者は、直々四谷に行っていたのだが、その頃の四ツ谷駅はまさに木造駅舎で、そこだけ見ると、ローカル線の駅そのものだった。

1990年に現在の駅ビルに生まれ変わった。

A2. 品川駅港南口

今や新幹線の停車駅となっている品川駅の港南口が正解。
品川駅港南口

品川駅港南口も四ツ谷駅同様に木造だった。

同じ品川駅でも高輪口は、ややスカした雰囲気で、一方の港南口は働く人達が出入りするゲートというのがかつての品川駅だった。

今でこそ高輪口から港南口へ、またその逆も改札を通ることなく自由に行き来できるが、当時はそれができなかった。

港南口へ抜けるには長く薄暗い通路を抜けなければならず、それもあって「陰の港南口・陽の高輪口」というイメージだったが、今はやや未来的な明るいイメージに変わった港南口だ。

A3. 表参道

表参道が正解。
表参道

奥の突き当りに明治神宮がある。

昔の写真の右側に写っている四角い建物は、同潤会アパート。

当時はハイソな人たちしか購入できない高級住宅で、今でいうと高さは異なるが、富裕層向けのタワーマンションといったところか。

同潤会アパートのあった敷地の一部に現在は表参道ヒルズが建っている。

では最後に恒例の今昔対比でおさらいを。

JR四ツ谷駅の今昔

四ツ谷駅の今昔

品川駅港南口の今昔

品川駅港南口の今昔

表参道の今昔

表参道の今昔

今後も気になる昔の東京の街の写真や浮世絵、錦絵、木版画を見つけたら、取り上げてみたい。

FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099

2019-9-19 4:56

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ここは一体東京のどこ?~Part9~【連載:アキラの着目】

ここは一体東京のどこ?~Part9~【連載:アキラの着目】

4 週前

FJ時事新聞ニッポンニュース恒例の、昔の東京の街に関する写真や絵を見て、それがどこなのかをあてるシリーズの第9弾。

ではいつもの通り早速問題へ。

Q1.ここは東京のどこなのか?

Q2.ここは東京のどこなのか?

Q3.ここは東京のどこなのか?

おわかりになったであろうか。では順番に正解を発表する。

A1. 東京都新宿区河田町

正解は、旧フジテレビ社屋があった河田町。
東京都新宿区にある河田町コンフォガーデン

河田町にはフジテレビ本社(新宿区河田町3-1)が1997年3月まであったが、おわかりの通りその後、港区台場へ移転。

やがて河田町に残されたフジテレビの社屋・スタジオ棟は解体され、その跡地に河田町コンフォガーデンが2003年に竣工した。

A2. 東京都港区西麻布

とんねるずの歌で一躍全国にその名が轟いた西麻布が正解。
西麻布

このモノクロ写真が撮影された当時(1965年1月23日)は、霞町(かすみちょう)と呼ばれていた。

今昔対比すると、昔の霞町は空が低く、東京タワーを四方から望めることができたのに対し、現在の西麻布は首都高速で視界を塞がれ、圧迫感が半端ない。

A3. 東京都港区溜池

これは難問だったかと。

正解は、東京都港区溜池。
溜池

現在の東京都港区溜池周辺は、溜池らしきものが全然ないにもかかわらず「溜池」という地名のままで、不思議に思っている人がきっといるはずだ。

なぜこの地を「溜池」というのかというと、昔は溜池があったからだ。

外桜田絵図(嘉永三年=1850)をご覧頂ければ(左が北)、この地に瓢箪っぽい池(右下)があるのがわかるかと。

外桜田絵図(嘉永三年=1850)
外桜田絵図(嘉永三年=1850)

ちなみに、新旧の写真で共通する奥に見えるビルや家屋は、赤坂の町だ。

では最後に恒例の今昔対比でおさらいを。

東京都新宿区河田町の今昔

東京都新宿区河田町 旧フジテレビ社屋の今昔

東京都港区西麻布の今昔

東京都港区西麻布の今昔

東京都港区溜池の今昔

東京都港区溜池の今昔

今後も気になる昔の東京の街の写真や浮世絵、錦絵、木版画を見つけたら、取り上げてみたい。

FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099

2019-8-21 4:56

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ここは一体東京のどこ?~Part8~【連載:アキラの着目】

ここは一体東京のどこ?~Part8~【連載:アキラの着目】

2 個月前

FJ時事新聞ニッポンニュース恒例の、昔の東京の街に関する写真や絵を見て、それがどこなのかをあてるシリーズの第8弾。

ではいつもの通り早速問題へ。

Q1.ここは東京のどこなのか?

Q2.ここは東京のどこなのか?

Q3.ここは東京のどこなのか?

おわかりになったであろうか。では順番に正解を発表する。

A1. 東京都港区大門

東京都港区大門

突き当たりの門が大門で、通りの両側は増上寺の別院と思われる。

大門という判断が下せれば、意外と簡単だったのではあるまいか。

A2. 新橋(博品館前)

新橋(博品館前)

JR新橋駅の駅名の由来となった橋だ。

したがって、この橋およびこの通りは現在の銀座通り。

A3. 品川駅

品川駅

蒸気機関車の煙突から振りまく煙や火の粉が街を焼き尽くす恐れがあるとの風評から、内陸での鉄道建設が許可されず、仕方なく海に堤防を築き、そこに線路を敷設するという苦肉の策で開通させた。

なので、品川駅も海沿いだったのだ。

では最後に恒例の今昔対比でおさらいを。

東京都港区大門の今昔

東京都港区大門の今昔

新橋(博品館前)の今昔

新橋(博品館前)の今昔

品川駅の今昔

品川駅の今昔

今後も気になる昔の東京の街の写真や浮世絵、錦絵、木版画を見つけたら、取り上げてみたい。

FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099

2019-7-22 4:56

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ここは一体東京のどこ?~Part7~【連載:アキラの着目】

ここは一体東京のどこ?~Part7~【連載:アキラの着目】

3 個月前

FJ時事新聞ニッポンニュース恒例の、昔の東京の街に関する写真や絵を見て、それがどこなのかをあてるシリーズの第7弾。ではいつもの通り早速問題へ。

Q1.ここは東京のどこなのか?

Q2.ここは東京のどこなのか?

Q3.ここは東京のどこなのか?

おわかりになったであろうか。では順番に正解を発表する。

A1.浜松町そばの芝浦

正解は浜松町そばの芝浦で、線路脇の「芝浦製作所」が後に「東京芝浦電気」となり、さらに商号変更により「東芝」となって現在に至っている。

昔の芝浦は風光明媚な砂浜が広がり、海水浴客を相手に店ができ始め、最盛期には料亭、待合(芸者待機所)等がひしめく、東京でも屈指の花街にまで成長したが、現在はひっそりとしたマンションの立ち並ぶ場所に。

A2.池袋

北側からちょうど左側の山手線と右側の赤羽線(現・埼京線)の分岐点周辺を撮った写真。

山手線は池袋を過ぎ、大塚方面に行くと左右の大地よりも低い所を通るが、これは明治時代に手掘りで掘削して、線路を敷いたからなのだ。

A3.西麻布(青山墓地下)

現在の西麻布交差点を少し北上し、右に曲がった周辺を捉えたモノクロ写真(撮影・諸河久さん:1964年5月16日)。

ご覧の通り、元々は都電の専用軌道だったが、都電廃止に伴い、専用軌道は道路として整備された。

モノクロ写真左手の森口石材は、現在もビルの1階で営業している。

では最後に恒例の今昔対比でおさらいを。

浜松町そばの芝浦の今昔

池袋の今昔

西麻布(青山墓地下)の今昔

今後も気になる昔の東京の街の写真や浮世絵、錦絵、木版画を見つけたら、取り上げてみたい。

FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099

2019-6-8 4:56

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