「徳川家康」タグアーカイブ

戦国時代の名将・本多忠勝の兜をイメージして作った本多忠勝パフェ【連載:アキラの着目】

最近は、かき氷の店に行列ができたり、有名パティシエが作ったスイーツ欲しさに、これまた行列ができたりで、日本全国至る所でスイーツに群がる人達が珍しくなくなってきた。

ご当地スイーツのある観光地も同様だ。

今回のニッポンニュースで取り上げるのは、まさにその、観光地にあるご当地スイーツで、本多忠勝パフェ(910円[税込])。

本多忠勝といえば、徳川四天王、徳川十六将、徳川三傑に数えられるほどの名将。

幼少期より徳川家康に仕えてきた本多忠勝は、主君・徳川家康と同郷の岡崎出身だ。

なので、岡崎のスイーツとして本多忠勝パフェがあるのだ。

この本多忠勝パフェを販売しているのが、岡崎城本丸隠居曲輪にある創業90年の老舗「八丁味噌料理と季節の甘味 いちかわ」。

四季を通して観賞できる竜城堀を眺めながら、気軽に郷土・岡崎の味を堪能できるのが「八丁味噌料理と季節の甘味 いちかわ」の特色だ。

その「八丁味噌料理と季節の甘味 いちかわ」が、本多忠勝の兜をイメージして作ったパフェだけに、歴史ファンや観光客に人気となっている。

本多忠勝
本多忠勝

深みのある三河産抹茶とコクのある八丁味噌が、互いに潰し合うことなく、バランスの良いコラボレーションを実現しているので、決して見た目だけのスイーツにはあらず。

岡崎を訪れたら、八丁味噌だけでなく、この本多忠勝パフェにもお金を投じて食べてみよう。

 

【八丁味噌料理と季節の甘味 いちかわ 詳細】

・所在地:岡崎市康生町515 岡崎公園隠居曲輪
・営業時間:11:00~夕方
・定休日:水
・問合せ:電話 0564-22-2479
・駐車場:岡崎公園周辺の有料駐車場を利用のこと

 

■岡崎公園 隠居曲輪跡 いちかわ 公式Twitter @ichikawa1927
https://twitter.com/ichikawa1927

 

FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099

「家康が見た絶景が見たい!」プロジェクト(諏訪原城跡)のためのクラウドファンディング【連載:アキラの着目】

国指定史跡で武田流築城術を駆使した壮大な山城の諏訪原城跡。

巨大な丸馬出と深い堀が特徴だ。

牧之原台地の上に築かれている城跡からは駿河国を一望でき、敵の侵攻にいち早く気づくことができる城でもあった。

それゆえに現在でも諏訪原城跡から雄大な大井川と島田の町を望むことができ、晴れた日には遠く駿河湾や伊豆半島、富士山などの絶景を堪能できる。

武田氏によって築かれた後は、徳川家康が諏訪原城に入城し、「牧野城(まきのじょう)」と改名された。

そんな諏訪原城だが、現在は雑木等が多く生い茂り、美しい景観が狭められてしまっている状態だ。

そこで今回、島田市観光協会が城郭ファンに協力を仰ぎ、クラウドファンディングを通じて諏訪原城跡の整備資金を集い、雑木の伐採を実施することになった次第だ。

また、諏訪原城跡の整備を実施するにあたって、島田市と、春風亭昇太師匠を隊長とする「諏訪原城応援隊」がタイアップすることになった。

「家康が見た絶景が見たい!」プロジェクト始動! - 島田市公式ホームページ から引用
「家康が見た絶景が見たい!」プロジェクト始動! – 島田市公式ホームページ から引用

諏訪原城跡からの眺望を遮る雑木等の伐採することで、奪還当時、家康が眺めたであろう素晴らしい景色と、春風亭昇太師匠お気に入りの土橋から見る本曲輪の壮大な堀を、来城する城郭ファンにより一層楽しんでもえらるはずだ。

 

【諏訪原城跡の整備】

・伐採予定個所の現状:(1)本曲輪東側斜面、(2)二の曲輪から本曲輪へと入る土橋
・伐採実施期間:令和3年8月1日~令和3年9月30日
・目標金額:200万円
・資金使途:雑木伐採費、返礼品準備金、運営事務費

 

【「家康が見た絶景が見たい!」プロジェクトのリターン】

今回のクラウドファンディングでは、以下の4点を寄付した人へのリターンとしている。

現在、春風亭昇太師匠に御城印のデザイン及び「諏訪原城」の文字の執筆を依頼中のため、返礼品の発送は御城印の完成次第での発送となるため、9月上旬~中旬の予定。

1.お気持ちコース 3,000円

整備実施後の事業報告と感謝のメッセージメール

2.限定御城印コース 5,000円(先着限定400名様)

(1)ここでしか手に入らない、春風亭昇太師匠デザインの限定御城印
(2)整備実施後の事業報告と感謝のメッセージメール

3.お茶セットコース 8,000円 (先着限定50名様)

(1)諏訪原城域内に茶畑を持つ「諏訪原園茶舗」のお茶セット
(2)ここでしか手に入らない、春風亭昇太師匠デザインの限定御城印
(3)整備実施後の事業報告と感謝のメッセージメール

4.応援隊イベント参加コース 12,000円 (先着限定50名様)

(1)諏訪原城応援隊イベントへの参加券
(2)ここでしか手に入らない、春風亭昇太師匠デザインの限定御城印
(3)整備実施後の事業報告と感謝のメッセージメール

※イベントの運営については、新型コロナウイルス感染症対策を徹底した上での実施
※万が一イベント開催当日に静岡県またはイベント参加希望者の住む都道府県で緊急事態宣言が発令されている場合は、なるべくイベントへの参加を控えること
※緊急事態宣言の発令によりイベント参加を控えた人には、後日限定御城印と2,000円分のQUOカード、及び来年開催されるイベントへの優先応募券を送付(イベントへの参加には別途要参加費)

 

■諏訪原城応援隊イベントとは

令和2年9月に、春風亭昇太師匠を隊長にして結成されたのが「諏訪原城応援隊」。

今年は、昨年人気を博した「諏訪原城ガイドツアー」を再度実施予定。

諏訪原城応援隊と共に楽しく諏訪原城内を巡り、諏訪原城の魅力を再発見!

なお、当日雨天の場合は諏訪原城応援隊によるトークショーを開催。

 

【諏訪原城応援隊イベント】

・諏訪原城応援隊:隊長 春風亭昇太師匠(落語芸術協会会長、山城愛好家)
副隊長 加藤 理文氏(日本城郭協会理事、諏訪原城跡整備委員会委員)
隊員 片川 乃里子氏(島田市出身のフリーアナウンサー)
・開催日時:令和3年11月21日(日)13:00開始(12:45集合)※約2時間程のツアーを予定しております
・会場:国指定史跡 諏訪原城跡 (静岡県島田市菊川1174番地)※雨天の場合:金谷公民館「みんくる」(静岡県島田市金谷代官町3400)

 

筆者もこの諏訪原城を訪れたことがあるのだが、見事な半円形を象った丸馬出が圧巻だ。

丸馬出を囲む半円状の深い堀に落ちれば、そうそう上には這い上がれない。

防御機能としては申し分のない丸馬出だ。

乱雑に生い茂った樹木を伐採することで視界がさらに開け、城郭ファンのみならず、一般の人も公園的な感覚で訪れやすくなることもあるかと。

「家康が見た絶景が見たい!」プロジェクトに貢献したい人はクラウドファンディングに急げ!

 

■「家康が見た絶景が見たい!」プロジェクト始動! – 島田市公式ホームページ
https://www.city.shimada.shizuoka.jp/gyosei-docs/suwaharajocf.html

 

■新着情報 「家康が見た絶景が見たい!」プロジェクト始動!~諏訪原錠応援隊×島田市観光協会によるクラウドファンディング実施!~
http://www.shimada-ta.jp/topics/topics.php?id=101

 

FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099

平将門公はもちろん、神武天皇から戦国時代の武将までの資料を展示、「平将門公展2021」【連載:アキラの着目】

平将門公を祀っている江戸総鎮守・神田明神。

徳川家康が関ケ原出陣に際し、神田明神で戦勝祈願をして実際に勝利したことが現在にまで伝わっているが、その他多くの武将たちにも崇敬されてきた由緒ある神社だ。

平将門公と密接に繋がっているだけあって、平将門公にちなんだイベントが活発に行われており、すでに7月2日(金)から神田明神資料館にて「平将門公展2021」が開催されている。

平将門公展2021―将門公の戦いのDNAと戦国武将 神田明神公式サイトから引用
平将門公展2021―将門公の戦いのDNAと戦国武将
神田明神公式サイトから引用

「平将門公展2021」では、平将門公に関連したものを展示しているのはもちろんのこと、初代天皇である神武天皇の武装した御姿から戦国時代の中心となった武将まで、忘れられてきた『戦(いくさ)』をテーマに立体と絵画で資料を展示している。

この「平将門公展2021」の”主人公”である平将門公だが、よく知らない人のために簡単に説明すると、東国武士団を形成して、硬直化した公家や貴族による支配体制に対し、真っ先に風穴を開けた武将だ。

平将門公に端を発した武士のダイナミックな躍進があったからこそ、その後、鎌倉幕府~江戸幕府へと引き継がれ、欧米列強の植民地化をはねのけて強力な統一国家として日本を成立させることができたのだ。

激動の混乱期を生き抜き、日本を守った武士と戦(いくさ)という歴史を展示している「平将門公展2021」を観覧することで、混迷を極め、低迷を深めている現代日本と照合させて、改善する糸口を見いだせるかもしれない。

平将門公展2021の図録や、数々の平将門公グッズも販売されているので、興味のある人はぜひ入館しよう!

なお、コロナ禍であるから、(1)37.5℃以上の発熱があった場合、(2)咳・咽頭痛などの症状がある場合、(3)過去2週間以内に感染が引き続き拡大している国・地域への訪問歴がある場合、等々は入館できない。

【平将門公展2021―将門公の戦いのDNAと戦国武将 詳細】

・会期:令和3年7月2日(金)~8月2日(月)
・時間:10時~16時
・場所:神田明神資料館(境内裏左手の赤い建物)
・受付:神田明神資料館1階
・拝観料:大人500円 学生200円
     ※神田明神崇敬会会員は会員証提示にて3名まで無料
・主催:神田明神 資料館、株式会社トーキョー・ダブ・エージェント
・協力:株式会社謙信
・運営:株式会社トーキョー・ダブ・エージェント

■平将門公展2021
https://www.masakadokouten.com/

■平将門公展2021―将門公の戦いのDNAと戦国武将 文化事業|江戸総鎮守 神田明神
https://www.kandamyoujin.or.jp/bunka/detail/?id=98

FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099

ここは一体東京のどこ?~Part21~【連載:アキラの着目】

しばらくお休みしていた「ここは一体東京のどこ?」。

FJ時事新聞ニッポンニュース恒例の、昔の東京の街に関する写真や絵を見て、それがどこなのかをあてるシリーズの第21弾だ。

ではいつもの通り早速問題へ。

Q1.ここは東京のどこなのか?

Q2.ここは東京のどこなのか?

Q3.ここは東京のどこなのか?

おわかりになったであろうか。

では順番に正解を発表する。

A1.旧新橋駅

旧新橋駅(新橋ステーション)

正解は旧新橋駅。

これは結構、簡単にわかったのでは。

昔で四角い石造りの建物といったら、旧新橋駅(新橋ステーション)を真っ先に思い浮かべることかと。

同じ場所には復刻された旧新橋駅が建てられ、日本初の鉄道の起点駅としてその面影を現在に遺している。

絵は小林清親「東京名所図 新橋ステンション」。

A2.高輪ゲートウェイ付近

高輪ゲートウェイ付近

正解は高輪ゲートウェイ付近。

写真にある道を奥に進めば、高輪ゲートウェイ駅だ。

江戸時代は当然ながら埋め立てていないから、辺り一面は江戸湾(現・東京湾)。

現在の第一京浜道路がかつての海沿いを通る東海道であり、その道中の高縄(現・高輪)で浮世絵師の歌川広重が描いた絵が「名所江戸百景 高縄うしまち」だ。

A3.日比谷濠

日比谷濠

正解は日比谷濠。

第一生命ビルのある場所から警視庁方面を望んでいる。

元の絵は、これまた浮世絵師の歌川広重で「名所江戸百景 山下町日比谷外さくら田」。

日比谷濠とその角にある日比谷櫓台は今も昔も変わらず佇んでおり、これがこの絵がどこで描かれたのかのヒントであった。

日比谷濠のある場所は、徳川家康が江戸に来た頃は日比谷入江といって海だった。

日比谷、大手町、新橋・虎ノ門の一部は日比谷入江で、突き出た半島(江戸前島)に後の銀座がある。

「江戸東京探訪シリーズ 江戸幕府以前の江戸」(http://www5e.biglobe.ne.jp/~komichan/tanbou/edo/edo_Pre_8.html)から引用
「江戸東京探訪シリーズ 江戸幕府以前の江戸」(http://www5e.biglobe.ne.jp/~komichan/tanbou/edo/edo_Pre_8.html)から引用

では最後に恒例の今昔対比でおさらいを。

旧新橋駅の今昔

旧新橋駅の今昔

高輪ゲートウェイ付近の今昔

高輪ゲートウェイ付近の今昔

日比谷濠の今昔

日比谷濠の今昔

今後も気になる昔の東京の街の写真や浮世絵、錦絵、木版画を見つけたら、取り上げてみたい。

FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099

7色に家紋が切替わって光る!LED武将キーホルダー【連載:アキラの着目】

今年のNHK大河ドラマ『青天を衝け』は昨年の大河ドラマ『麒麟がくる』とは大きく異なり、戦国時代ではなく幕末から明治・大正・昭和が舞台となるが、それでも世の中的には全然戦国時代ものは人気が落ちていないし、これまで通り戦国武将ものの需要も目立つほどの落ち込みはないようだ。

むしろ、戦国武将のグッズは日に日に新製品が登場しているくらいだ。

そうした戦国武将グッズの新製品の1つを今回のニッポンニュースでご紹介。

それがLED武将キーホルダーだ。

商品名の通り、LEDライトで7色に戦国武将の家紋が光るキーホルダーで、カラー切替えスイッチによってゆっくりと連続で7色が次々に変化したり、また速く7色が次々に変化したり、スイッチを押す度に色が切替わったり、といった3パターンを楽しむことができる。

LED武将キーホルダーHAYATE WORKS 公式通販ショップから引用
LED武将キーホルダーHAYATE WORKS 公式通販ショップから引用

気になる7色は以下の通り。

1.レッド
2.グリーン
3.ブルー
4.イエロー
5.ライトブルー
6.バイオレット
7.ホワイト

これまた、気になる戦国武将は以下の通り。

・石田三成(大一大万大吉)
・石田三成(下り藤)
・徳川家康
・大谷吉継
・黒田長政
・小西行長
・島左近
・島津義弘
・福島正則

USBケーブルからの充電で使用でき、1時間の充電で約4時間の使用が可能だ。

なお、このLED武将キーホルダーを製作・販売しているのは、岐阜県関ケ原町笹尾山東にある旧北小学校校舎1階でレザークラフトの店舗を営業しているHAYATE WORKS。

レーザー加工機で革や木を巧みに加工し、オリジナルのキーホルダーや木札等も製作している。

Tシャツや缶バッジ等のオーダーも受注しており、いずれも1つの注文でも製作するとのことで、オリジナル・グッズを製作したい人は気軽に問合せすると良いだろう。

【LED武将キーホルダー】

・大きさ:縦約12cm × 横約5.7cm
・材質:アクリル板(厚さ5mm)
・価格:\2,000(税込)
・USB充電ケーブル付き

■LED武将キーホルダー | HAYATE WORKS
https://hayateworks.stores.jp/items/606f6914d263f0283a9b0931

■HAYATE WORKS @hayateworks2012 公式Twitter
https://twitter.com/hayateworks2012

■HAYATE WORKS-レザーウォレット通販・岐阜県のレザークラフト教室-
https://www.hayate-2012.com/

FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099

生誕500年!「武田信玄の生涯」絶賛開催中!!(山梨県立博物館)【連載:アキラの着目】

今年2021年は、山梨県の英雄として今もなお語り継がれている戦国武将・武田信玄(1521~73)の生誕500年にあたる。

また、山梨県立博物館の開館15周年でもある。

ちょうどこれら2つを記念する年ということで、山梨県立博物館では3月13日から5月10日まで「開館15周年記念 特別展『生誕500年 武田信玄の生涯』」を開催中だ。

山梨県立博物館で3月13日から5月10日まで開催中の「開館15周年記念 特別展『生誕500年 武田信玄の生涯』」 山梨県立博物館HPから引用
山梨県立博物館で3月13日から5月10日まで開催中の「開館15周年記念 特別展『生誕500年 武田信玄の生涯』」
山梨県立博物館HPから引用

武田信玄の生涯がわかる展示物や武田信玄にまつわる講演会・講座・ギャラリートーク等々、充実したコンテンツ満載だ。

武田信玄自慢の家臣団から”推しメン(推しているメンバー)”ならぬ”推し武将”を投票するという、AKB総選挙をパロった「TKD総選挙」(「TKD=武田」の意味)や、武田氏に縁のある城郭の人気投票も開催するとあって、かなりの注目も集めている。

ちなみに、コンテンツの中でも記念講演会(無料)は、往復はがきによる事前申込が必要で、当日申し込むことはできないので、要注意だ。

念のため、一応、武田信玄について簡単に説明すると、武田信玄は甲斐国(=現・山梨県)から信濃(=現・長野県)、上野(=こうづけ 現・群馬県)、駿河(=現・静岡県)等に領国を拡大し、全国有数の実力派戦国大名だ。

戦の天才と言われた上杉謙信と5度も繰り広げた「川中島の戦い」や、信玄堤などの治水工事を始めとした政策など、武田信玄は後世にまで多大な影響を与えてきた。

病のため、戦乱の世で天下を統一して、覇権を握ることはならなかったものの、あまたいる戦国大名の中では最強の呼び声が最も高いのが武田信玄なのだ。

武田の領地と隣接していた戦国大名で、当時は当然天下人ではなく、まだ”ペーペー”だった徳川家康は武田軍に歯が立たず、「三方ヶ原の戦い」では立ち直れないほどの大敗を喫したことは有名だ。

そんな武田信玄をさらに知ることができる良いチャンスなので、コロナ対策を万全にして山梨県立博物館を訪れてみたいものだ。

【開館15周年記念 特別展「生誕500年 武田信玄の生涯」】

・会場:山梨県立博物館(山梨県笛吹市御坂町成田1501-1)
・開催期間:2021年03月13日(土)~2021年05月10日(月)
・休館日:毎週火曜日 ※会期中の5月4日(火・祝)開館、5月6日(木)休館
・観覧料:一般 1,000円(840円)、大学生 500円(420円)※()内の金額は20人以上の団体での1人分料金
・主催:山梨県立博物館、山梨日日新聞社、山梨放送
・後援:甲府市、甲州市、こうふ開府500年記念事業実行委員会、信玄公生誕500年記念事業実行委員会、朝日新聞甲府総局、エフエム甲府、エフエム富士、産経新聞甲府支局、テレビ朝日甲府支局、テレビ山梨、日本ネットワークサービス、毎日新聞甲府支局、山梨新報社、山梨中央銀行、読売新聞甲府支局
・協力:武田氏研究会、日本通運株式会社、山梨郷土研究会、山梨交通株式会社
・問合わせ:TEL 055-261-2631、メールアドレス kenhaku@pref.yamanashi.lg.jp
・詳細URL:http://www.museum.pref.yamanashi.jp/3nd_tenjiannai_20tokubetsu002.html

なお、以下に該当する人は入館できないのであしからず。

・発熱、風邪症状、味覚障害など体調に不安のある人
 ※展示室内で激しく咳きこむ人、風邪のような症状がある人も含む
・マスク非着用の人
・新型コロナウイルス感染症患者の濃厚接触者として現在経過観察中の人

■山梨県立博物館 -Yamanashi Prefectural Museum-
http://www.museum.pref.yamanashi.jp/

FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099

ぎふゆかりの武将でセンターは誰だ?10月末締切「戦国総選挙」【連載:アキラの着目】

NHK大河ドラマ「麒麟がくる」も佳境に入り、織田信長の上洛も近づいてきた。

正式なデータを採ったわけではないが、日本人の多くは戦国時代を好んでいるのではなかろうか。

そんな戦国時代を好む人たちが飛びつきそうなイベントが「戦国総選挙」だ。

ぎふゆかりの武将10人から最も”センター”にふさわしい武将を選んで、専用応募フォームから投票するというもの。

「戦国総選挙」1位の武将に投票した人の中から10人に、戦国グッズ詰め合わせを抽選でプレゼント!

早速、エントリーされた戦国武将10人をご紹介。

明智光秀 ぎふゆかりの武将 戦国総選挙HPから引用
明智光秀
ぎふゆかりの武将 戦国総選挙HPから引用
織田信長 ぎふゆかりの武将 戦国総選挙HPから引用
織田信長
ぎふゆかりの武将 戦国総選挙HPから引用

斎藤道三 ぎふゆかりの武将 戦国総選挙HPから引用
斎藤道三
ぎふゆかりの武将 戦国総選挙HPから引用

徳川家康 ぎふゆかりの武将 戦国総選挙HPから引用
徳川家康
ぎふゆかりの武将 戦国総選挙HPから引用

石田三成 ぎふゆかりの武将 戦国総選挙HPから引用
石田三成
ぎふゆかりの武将 戦国総選挙HPから引用

大谷吉継 ぎふゆかりの武将 戦国総選挙HPから引用
大谷吉継
ぎふゆかりの武将 戦国総選挙HPから引用

黒田長政 ぎふゆかりの武将 戦国総選挙HPから引用
黒田長政
ぎふゆかりの武将 戦国総選挙HPから引用

福島正則 ぎふゆかりの武将 戦国総選挙HPから引用
福島正則
ぎふゆかりの武将 戦国総選挙HPから引用

小早川秀秋 ぎふゆかりの武将 戦国総選挙HPから引用
小早川秀秋
ぎふゆかりの武将 戦国総選挙HPから引用

島津義弘 ぎふゆかりの武将 戦国総選挙HPから引用
島津義弘
ぎふゆかりの武将 戦国総選挙HPから引用

「戦国総選挙」の投票締切は10月末なので、まだちょっと先だなと思っていると、もうやってくるから、今のうち忘れずに自分イチオシの戦国武将に投票しよう。

【戦国総選挙 詳細】

・期間:
2020年10月1日(木)~2020年10月31日(土)

・結果発表:
2020年11月2日(月)正午

・応募方法:
FM GIFUのホームページにある専用応募フォームより応募

・当選内容:
戦国グッズ詰め合わせ

・問合せ先:
ぎふ戦国百貨繚乱 運営事務局 株式会社中日アド企画岐阜支社
担当:横山・小澤
TEL:058-265-6220 受付時間(平日10時~17時)

■ぎふゆかりの武将 戦国総選挙
https://gifusengokushop.com/?mode=f9

FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099

ホテルサンルート彦根(滋賀県彦根市)、武将印販売開始【連載:アキラの着目】

ホテルサンルート彦根(滋賀県彦根市)は、すでに販売していた御城印に加え、新たに武将印も発売。

気になる武将印のラインナップは、彦根に縁のある井伊直政、石田三成をはじめ、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、明智光秀、真田幸村、上杉謙信、武田信玄、毛利元就、伊達政宗、前田慶次の計12枚。

武将印
ホテルサンルート彦根公式HPから引用

武将印のラインナップは、今後も順次増えてゆくとのことだ。

また、御城印同様にオンラインショップ『戦国館』でも購入できる。

ホテルサンルート彦根は、これまでも戦国武将グッズ(戦国武将 兜ストラップ、戦国武将 バーキーホルダー)をオンラインショップ『戦国館』で販売しており、戦国時代ファン・マニアの間ではかなり名を知られたホテルとして有名。

戦国時代マニアの心を揺さぶる企画のオンパレードで、戦国時代マニアは引き続き目が離せないことだろう。

■ホテルサンルート彦根 [公式サイト]- ベストレート(最低価格)宣言 | ホテル 彦根 | 新幹線米原駅よりJR1駅、彦根駅より徒歩1分!京都駅より新快速で48分、名神彦根インターより車で5分!駐車場、レンタサイクル、無線&有線LAN、挽き立て珈琲すべて無料! 彦根城まで徒歩10分のホテルサンルート彦根はビジネスにも観光にも最適のホテルです♪
https://sunroute.net/

■ホテルサンルート彦根 公式Twitter @sunroutehotel

■戦国館
https://hikone001.stores.jp/

FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099

東京の様々な地名の由来 ~神田(東京都千代田区)~【連載:アキラの着目】

「東京の様々な地名の由来」シリーズで今回取り上げるのは神田だ。

神田と言っても、山手線・京浜東北線の駅「神田」もあるし、神田神保町などのように頭に神田がつく町名もあり、実に多くの神田がつく地名が存在する。

神田神保町などの町名の場合は、1947年(昭和22年)に、かつての東京市神田区と同市麹町区が合併してできた千代田区において、旧神田区の町名については「神田」を冠した町名にするとのことで、「神田●●町」という町名が誕生し、現在に至っているのだ。

大元の神田についての由来は諸説ある。

1つ目の説は、神田神社(現・神田明神)を創建した真神田氏の名から採り、この辺りの地を「神田」としたという説だ。

2つ目の説は、神田神社(現・神田明神)のご祭神・平将門命に因んだもので、平将門命の「からだ」がなまって「神田」に、「からだの明神」が「神田明神」となったという説や、平将門命が片目を射抜かれたという伝説から「かため」が訛って「神田」になったという、平将門命説だ。
神田神社(神田明神)

3つ目の説は、伊勢神宮に奉納するための初穂を作る田んぼから由来するという説で、この田んぼを神田(みとしろ)というのだが、これが「かんだ」に転じたというものだ。

筆者としては2つ目の説を推したい。

というのも、「いくつもの河川が湾に流れ込む地」という意味の江戸は湿地帯だらけで、徳川家康入府時点ですら田んぼがなかったと考えられているし、後々の様々な影響力を考慮すると、平将門命に由来している方が自然なように感じられるからだ。

平将門命による「後々の様々な影響力」というのは、以下の事象だ。

1.関東大震災後、大手町にある将門塚に都市再開発として大蔵省仮庁舎を建設しようとした際、工事関係者や大蔵省職員、時の大蔵大臣・早速整爾(第1次若槻内閣)の相次ぐ不審死が起こり、これらの死は平将門命の祟りによるものだと大蔵省内で噂されることとなり、ついには大蔵省仮庁舎を取り壊したこと

2.第二次世界大戦後、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)が丸の内周辺を区画整理するにあたり、障害となる将門塚を撤去し、整地・造成しようとした際、米軍のブルドーザーが横転し、死者が出るなどの不審事故が相次いだため、計画を取り止めたこと

ゆえに、この地に対して不敬な行為に及べば、祟りにあうという伝承ができ、以降、将門塚は数十年にわたり地元ボランティア団体により手厚く保護されているのだ。
将門塚

因みに将門塚のある大手町は、現在の広義としては神田エリアにギリギリ入るか入らないかだろうが、筆者は大手町も神田エリアとしたい。

以上、長々と書いてきたが、「神田」の地名の由来を検証することは今となっては難しく、この広範な神田の地に多大な影響力を及ぼしている平将門命が、神田の地名の由来と筆者は思いたい。

■江戸総鎮守 神田明神 東京都千代田区外神田2-16-2
https://www.kandamyoujin.or.jp/

■神田明神 @kanda_myoujin
https://twitter.com/kanda_myoujin

忍者は「忍者」ではない!?【連載:アキラの着目】

世界に誇れる日本文化かどうかはわからないが、とにかく人気があるのが忍者(NINJA)だ。

ショー・コスギ主演の忍者映画(日本未公開)が全米で大ヒットし、そこから黒装束姿の忍者が世界の「NINJA」へと変貌したのだった。
忍者

しかし、本当の忍者は、映画に出てくるような黒装束姿ではない。

というのも、あのような黒装束姿だと、すぐに忍者だとバレてしまうからだ。

実際の忍者は、農民、町民、僧侶、等々、どこにでもいる人達の格好をして、諜報活動をしていたのだ。

また、当時、忍者は「忍者」という名称ではなかったのだ。

今でいうところの忍者は、各戦国大名毎に呼び名が異なっていたのだ。

戦国最強といわれた武田信玄の武田家では、忍者のことを「透破(すっぱ)」といい、織田信長の織田家では「饗談(きょうだん)」、徳川家康の徳川家では「隠密(おんみつ)」、上杉謙信の上杉家では「軒猿(のきざる)」、といったようにそれぞれの呼び名で忍者は呼ばれていたのだ。

ちなみに、武田家が忍者のことを呼んでいた「透破(すっぱ)」は、現代でも使う「すっぱ抜く」の語源だ。

「透破(すっぱ)」が、密かに行動し情報を収集して明るみに出したり、不意に刃物を抜くことになぞらえて、秘密や醜聞、不祥事などを突き止め、暴露することを「すっぱ抜く」といつしか言うようになり、現在に至っている。

■各戦国大名・地域などにおける忍者の名称

・武田家:透破(すっぱ)
・織田家:饗談(きょうだん)
・徳川家:隠密(おんみつ)
・上杉家:軒猿(のきざる)
・伊達氏:黒脛巾組(くろはばきぐみ)
・毛利氏:座頭衆(ざとうしゅう)
・島津氏:山潜り(やまくぐり)
・六角氏:甲賀者(こうかもの)
・伊賀国:伊賀者(いがもの)
・天皇家:村雲衆(むらくもしゅう)

このように、本物の忍者は、実は黒装束ではなく地味な存在で、呼び名も「忍者」ではなかったのだ。

訪日外国人観光客の中には、忍者に憧れて来日する人もいるかもしれないが、機会があれば、真の忍者はこういうものなのだと教えてあげよう。

FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099