東京23区最高所の神社・タワー大神宮【連載:アキラの着目】

東京23区最高所の神社・タワー大神宮【連載:アキラの着目】

11時間前

コロナ禍により初詣に行けなかった人も例年よりもいるときく、令和3年の今年。

まだ初詣に行っていないのであれば、ニッポンニュースからオススメしたいのがタワー大神宮だ。

タワー大神宮 東京タワー TokyoTower公式サイトから引用
タワー大神宮
東京タワー TokyoTower公式サイトから引用

タワー大神宮は東京23区最高所に鎮座する神社として名を馳せており、名称からどこなのか、おおよそバレバレかと思うが、そう、東京タワーのメインデッキ2階に鎮座しているのだ。

東京タワーの運営会社創立20周年を記念し、1977年(昭和52年)、東京タワー及び来塔客の安全・健康を祈願してタワー大神宮は建立され、現在に至っている。

幸稲荷神社の境外末社であるタワー大神宮は、伊勢神宮より御神霊をお招きし、天照皇大神をお祀りする由緒ある神社であり、年間を通して多くの参拝客が訪れる人気スポットでもある。

そのタワー大神宮は主に縁結び、学業成就にご利益があるといわれている。

昨今人気の御朱印(300円/1枚)もあり、2020年8月7日に刷新されたデザインは以下の2種類。

・桜舞う中に立つピンク色の可愛らしい東京タワー
・朝日昇る富士山と神々しい東京タワー

タワー大神宮御朱印2種 東京タワー TokyoTower公式サイトから引用
タワー大神宮御朱印2種
東京タワー TokyoTower公式サイトから引用

御朱印の配布場所は、東京タワー・フットタウン3階「OFFICIAL SHOP GALAXY」で、タワー大神宮に参拝後、ショップスタッフにまで声掛けすると応対してくれる。

その際に展望チケットの半券を提示しないと御朱印を受け取れないので要注意。

【タワー大神宮 詳細】

・御祭神:天照皇大神
・鎮座地:東京都港区芝公園4-2-8
・創建年代:昭和52年(1977)
・最寄駅:赤羽橋(都営大江戸線)、御成門(都営三田線)、神谷町(日比谷線)、大門(都営浅草線・都営大江戸線)、浜松町(JR・東京モノレール)
     バス停:東京タワー・東麻布一丁目・虎ノ門五丁目

■メインデッキ内 “タワー大神宮”の御朱印をお授けいたします。 | 東京タワー TokyoTower
https://www.tokyotower.co.jp/event/tower-info/goshuin/

FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099

2021-3-9 4:56

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”リーマン”の聖地「ニューしんばしビル」、2022年までに解体予定【連載:アキラの着目】

”リーマン”の聖地「ニューしんばしビル」、2022年までに解体予定【連載:アキラの着目】

2か月前

酔っ払った”リーマン”(=サラリーマン)にテレビ局がインタビューする場所としてすっかりお馴染みになっているのが、JR新橋駅SL前広場とニューしんばしビル前だ。

その1つのニューしんばしビルが「安全性の評価Ⅰ」という耐震強度不足のビルとして東京都より実名公表され、震度6強~7で倒壊する可能性が高いため、2022年までの解体が予定されている。

中央から左側に写るビルがニューしんばしビル
中央から左側に写るビルがニューしんばしビル

ニューしんばしビルの解体後は、その地に30階建ての超高層ビル2棟が建つとのことだ(2023年完成予定)。

いつ訪れても”リーマン”だらけで、”リーマン”の聖地であるニューしんばしビルだが、この地は元々、戦後、国内最大の闇市だった所。

戦後の焼け野原で愚連隊が闊歩しまくる無法地帯だったエリアとも言えるが、そこにニューしんばしビルが建設されたのだった(1971年完成)。

緊急輸送道路に接していないニューしんばしビルは補助金の対象外で、耐震改修を自己資金だけで行うには区分所有者の費用負担があまりにも重くのしかかり、それゆえに区分所有者の合意形成がなかなか進まず、今までニューしんばしビルの改修や解体の話がなかなか実現しなかった。

だが、確実に東京直下型地震が起きることはわかっており、このまま完成当時のままでいるわけにもいかず、ニューしんばしビルの解体は致し方ない。

なお、ニューしんばしビルとは正反対側の、新橋駅東口エリアにある新橋駅前ビル1号館、2号館も同様に解体されることになり、この数年で新橋の再開発が進むことになる。

”リーマン”の聖地が解体されることで、求心力が失われるかもしれないリスクが生じたり、垢抜けて若者志向の街に変わるのではといった杞憂がないとは言い切れないが、新橋のさらなる輝きのある未来を期待したい。

【ニューしんばしビル】

・所在地:東京都港区新橋2-16-1
・竣工年:1971年
・階数:地上11階・地下4階
・アクセス:JR山手線「新橋」駅日比谷口徒歩1分、東京メトロ銀座線「新橋」駅8番口徒歩2分

■新橋タウン情報 ニュー新橋ビル1階商店会
http://www.shinbashi.net/02/

新橋タウン情報 ニュー新橋ビル1階商店会 から引用
新橋タウン情報 ニュー新橋ビル1階商店会 から引用

FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099

2021-1-21 4:56

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貴方は全部読める?東京難読地名【連載:アキラの着目】

貴方は全部読める?東京難読地名【連載:アキラの着目】

3か月前

中国から朝鮮半島を経て伝来してきた漢字。

日本での漢字の読み方には「音読み」と「訓読み」の2通りがあり、伝来当時の中国での発音に似た読み方が音読みで、大和言葉(やまとことば 古代の日本語)を充てて読むのが訓読みだ。

なので、同じ漢字でも読み方が2通り以上あり、これが日本語を学習する外国の人たちにとっては厄介なものとなっているようだ。

そんな日本での漢字の読み方なのだが、日本人でもなかなか読むことができなかったりする地名があったりする。

今回は、そこの住民でないと読めなかったり、知らないと全く読めないような難読地名を東京エリアから厳選して紹介する。

1.舎人(とねり 足立区)

舎人は「とねり」と読む。

舎人という地名の由来には諸説あり、舎人親王(天武天皇の皇子)がこの地にやってきたからとか、古代の宮廷に仕え警備や雑用等をする下級役人(=舎人)がこの地に住んでいたから、等々あるが、、いずれにしても「舎人」を引っ張ってきて付けた地名ということだろう。

2.麻布狸穴町(あざぶまみあなちょう 港区)

現在のロシア大使館周辺には鼬坂や鼠坂、等々、坂が多く、高低差がある場所として知られている麻布狸穴町。

坂の名称や、この「狸穴」という地名から、鼬、狸などといった野良動物が生息し、それら野生動物の巣や寝蔵があったであろうことは容易に想像がつく。

それゆえにこの地には「猯(まみあな)」という地名が付き、やがて「狸」という漢字と混同されてしまい、「狸穴」になったとする説が最有力だ。

3.石神井町(しゃくじいちょう 練馬区)

地方出身の日本人でも読めない地名。

この地で井戸を掘った際に、石剣が出土したことから、「石神の井」で石神井となったといわれている説が有力。

4.九品仏(くほんぶつ 世田谷区)

この地の近辺に上品堂、中品堂、下品堂の3つのお堂を持つ浄真寺という寺があり、そのそれぞれのお堂には上生、中生、下生に相当する3つの如来像があった。

その計9体の如来像を「九品仏」と呼んでいたことが地名の由来のようだ。

5.砧(きぬた 世田谷区)

古くは7、8世紀の頃に、朝廷に税として納める布を叩いて柔らかくし、ツヤを出すのに使った衣板(きぬいた)から由来したといわれている。

ちなみに、砧からやや離れた調布は、まさに「租庸調」の「調」として納める布を作っていた地だったといわれている。

6.蛇崩(じゃくずれ 目黒区)

大正時代までは地名があったものの、現在は目黒区上目黒にある「蛇崩交差点」にしか名を留めていない蛇崩。

蛇崩という地名の由来は「蛇崩川」(現在は暗渠)という川が流れていたことに関係があり、「新編武蔵風土記稿」(江戸時代に編纂)という文献には、「昔、大水の際、崩れた崖から大蛇が出たことからこの地名が生まれた」との記述があるが、真偽のほどは定かでない。

もう1つの説は、蛇崩川が、蛇行する水の勢いで大規模な土砂崩れが起こしていた大変な暴れ川だったから、蛇行する川が起こす土砂崩れで「蛇崩」になったとのこと。

7.油面(あぶらめん 目黒区)

江戸時代の中期、菜種の栽培が盛んだったこの地で絞られた菜種油が芝の増上寺や、その流れを汲む祐天寺において灯明用油として使用されていたそうだ。

この菜種油の奉納によって、絞油業に対する租税が免除されていたようで、油製造により税が免ぜられている村、すなわち「油免」となり、その「油免」がいつしか「油面」に変貌したと伝えられている。

以上がFJ時事新聞ニッポンニュースが厳選した東京難読地名だが、貴方は全て読むことができたであろうか?

また機会があれば、厳選した難読地名を取り上げたい。

FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099

2020-12-14 4:56

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ここは一体東京のどこ?~Part20~【連載:アキラの着目】

ここは一体東京のどこ?~Part20~【連載:アキラの着目】

5か月前

しばらくお休みしていた「ここは一体東京のどこ?」。

FJ時事新聞ニッポンニュース恒例の、昔の東京の街に関する写真や絵を見て、それがどこなのかをあてるシリーズの第20弾だ。

ではいつもの通り早速問題へ。

Q1.ここは東京のどこなのか?

Q2.ここは東京のどこなのか?

Q3.ここは東京のどこなのか?

おわかりになったであろうか。

では順番に正解を発表する。

A1.港区芝浦(竹芝橋 東京ポートボール方面)

港区芝浦(竹芝橋 東京ポートボール方面)

正解は港区芝浦で、それも竹芝橋だ。

古いほうの写真は、もうFJ時事新聞を見慣れている人ならおわかりかと思うが、伝説の刑事ドラマ『西部警察』でのワンシーン。

加納竜さん演じる新人刑事・桐生一馬が一般道を高速で走行し、ダイブした名シーンなのだ(芝浦運河を飛び越えたシーンとは異なる)。

背景の窓ガラスが細かいビルは現在も存在している東京ポートボールというボーリング場。

この竹芝橋のある通りは「旧海岸通り」で、『西部警察』では頻繁にカーアクションで使われたロケ地なのだ。

A2.港区芝浦(芝浦運河通り 愛育病院前)

港区芝浦(芝浦運河通り 愛育病院前)

これまた正解は港区芝浦で、芝浦運河通りのほう。

写真右手には現在、愛育病院が建つ。

地図をご覧頂ければ一目瞭然だが、芝浦運河通りの愛育病院前は、第1問の竹芝橋とは目と鼻の先ほどの距離。

つまり、『西部警察』のカーアクションは、同じ芝浦界隈で撮影されても、同じエリアばかりで撮影したと視聴者から悟られないように、様々な角度から撮影されていたのだ。

A3.港区芝浦(竹芝橋 北側)

港区芝浦(竹芝橋 北側)

正解は、これもやはり港区芝浦で、竹芝橋の北側から撮影している写真だ。

「3つ連続で港区芝浦とは、いいかげんにしろ!」と怒り心頭の人もいるかもしれないが、そこは気長にお付き合い願いたい。

竹芝橋は道路の平地部分に比べ、一段高いため、古い写真でいうと、クルマ3台の背景に映り込む道路面が高くなっているのが判別ポイントの1つ目。

もう1つの判別ポイントは、やはり背景に映り込んでいる、道路の突き当りにある茶色の建物だ。

この茶色の建物は現在も存在しているので、ゆえに東京都港区芝浦と判別できるのだ。

では最後に恒例の今昔対比でおさらいを。

港区芝浦(竹芝橋 東京ポートボール方面)の今昔

港区芝浦(竹芝橋 東京ポートボール方面)の今昔

港区芝浦(芝浦運河通り 愛育病院前)の今昔

港区芝浦(芝浦運河通り 愛育病院前)の今昔

港区芝浦(竹芝橋 北側)の今昔

港区芝浦(竹芝橋 北側)の今昔

今後も気になる昔の東京の街の写真や浮世絵、錦絵、木版画、『西部警察』のロケ地を見つけたら、取り上げてみたい。

2020-10-23 4:56

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藤井聡太二冠に続け!新型コロナウイルスに負けるな、新橋名物・青空大盤将棋大会【連載:アキラの着目】

藤井聡太二冠に続け!新型コロナウイルスに負けるな、新橋名物・青空大盤将棋大会【連載:アキラの着目】

6か月前

毎年恒例の、ニュー新橋ビル入り口周辺で20年続いている新橋名物・青空大盤将棋大会(参加費無料)。

新橋名物・青空大盤将棋大会 新橋のオフィシャル情報サイトは新橋タウン情報・新橋ねっとから引用
新橋名物・青空大盤将棋大会
新橋のオフィシャル情報サイトは新橋タウン情報・新橋ねっとから引用

雨天でなければ、4月~11月頃までの毎週土曜日に開催中だ。

今年は、新型コロナウイルス感染拡大防止のため、開催を自粛していたが、東京都の新型コロナウイルス感染拡大に伴う休業要請全面解除により6月20日から再開。

参加者はマスクの着用とアルコールによる手指消毒が徹底されている。

最近では、棋聖・王位の二冠を達成したプロ棋士・藤井聡太さんの影響で、小学生が大人に混じり堂々と真剣勝負を挑む姿も頻繁に見られるようになった。

将棋を指すことは、じっくりと考える習慣や、積み重ねて戦略を立てていくといった地道なスキルも身につくといわれている。

また、自分の責任で一手一手を指す厳しさや、相手の手の意味を考え、相手の思惑を見抜くことも、将棋の魅力だ。

近い将来、この新橋名物・青空大盤将棋大会から藤井聡太二冠に続くようなプロ棋士が誕生することを期待したい。

なお、おじさん達に混じって将棋を指すのが恥ずかしい初心者の少年少女のために「大盤将棋少年少女道場」も開催されており、早稲田大学の学生さん達がボランティアで将棋を指導してくれる。

勝ち抜きトーナメントの「名人戦」も開催予定なので、腕に覚えのある将棋好きはぜひ新橋に繰り出そう!

【新橋名物・青空大盤将棋大会 詳細】

・主催:ニュー新橋ビル商店連合会
・開催日時:令和2年4月~11月頃 毎週土曜日12:00~開催(雨天中止)
・場所:ニュー新橋ビル SL広場側入口前
・問合せ:TEL:03-3580-0063(水、金10時~15時)

FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099

2020-9-10 4:56

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旧芝浦花街の「見番」再生、地域住民交流の場・伝統文化交流館に【連載:アキラの着目】

旧芝浦花街の「見番」再生、地域住民交流の場・伝統文化交流館に【連載:アキラの着目】

8か月前

港区立伝統文化交流館 港区立伝統文化交流館公式サイトから引用かつての東京には50近くの花街(かがい・はなまち)が存在した。

花街についてよく知らない人のために説明すると、花街とは元々、芸者屋、遊女屋が集まっているエリアをいっていた。

近年では、芸妓(=芸者)のいるエリアを花街といい、遊女・娼婦はいない。

話を元に戻すと、今でも東京で現存している花街は神楽坂や赤坂、新橋などで、廃れて消滅した花街のほうが圧倒的に多い。

芝浦(東京都港区)も花街が消滅してしまったエリアだ。

しかし、往時の姿を残す、見番(※)だった木造建築は、奇跡的に残されている。

旧芝浦花街にある見番だった木造建築(2012年当時)
旧芝浦花街にある見番だった木造建築(2012年当時)

芝浦花街の見番だった木造建築は、昭和11年に芝浦花柳界の見番として建設され、利用されたが、東京都が建物を買い取り、戦後は「協働会館」として港湾労働者宿泊所に利用されてきた。

平成21年に東京都から港区へ無償譲渡されたのを機に港区は、見番だった木造建築を港区有形文化財に指定したが、前掲画像および以前のニッポンニュース(2017年11月13日ニッポンニュース「FJ時事新聞近辺散歩 ~芝浦(東京都港区)~【連載:アキラの着目】」)で取り上げた通り、老朽化のためネットが張られ、しばらくは立入禁止だった。

ところが、平成26年度に、歴史的に貴重なこの、見番だった木造建築を保存し、かつ区民等の利用に供して利活用するために、地域との意見交換も踏まえ、整備計画を策定したのだ。

そしてついに、今年令和2年5月26日に伝統文化交流館としてオープン、様々な伝統文化や地域の文化に関する事業を行うことにより、伝統や文化を次世代へと繋いでいく施設に再生されたのだった。

港区立伝統文化交流館 港区立伝統文化交流館公式サイトから引用
港区立伝統文化交流館
港区立伝統文化交流館公式サイトから引用

施設内には地域の歴史・文化展示スペース、観光案内・散策立ち寄りスペース、福祉喫茶・特産品等紹介販売スペースが設置され、舞台もあることから寄席や演劇等の公演も催されることだろう。
港区立伝統文化交流館 港区立伝統文化交流館公式サイトから引用

港区立伝統文化交流館内 港区立伝統文化交流館公式サイトから引用
港区立伝統文化交流館内
港区立伝統文化交流館公式サイトから引用

無料だから、近隣に住んでいる人やオフィスで勤務している人は、行ってみるべし。

※見番とは、「置屋」、「料亭」、「待合」からなる「三業」を取りまとめて、芸者の取次や派遣、遊興費の清算をする施設をいい、検番と表記することも。

【伝統文化交流館(旧協働会館) 概要】

・所在地:港区芝浦1-11-15(2階建)
・アクセス:JR田町駅東口 徒歩8分、都営地下鉄三田駅A6出口 徒歩9分、ちぃばす芝ルート・芝浦港南ルート(品川駅港南口行)「みなとパーク芝浦」徒歩3分、芝浦港南ルート(田町駅東口行)「芝浦一丁目」徒歩4分
・開館日:1月4日~12月28日(その他臨時休館日あり)
・開館時間:午前10時~午後9時
・入館料:無料(「交流の間」を貸切利用する場合や、催しによっては別途料金かかる場合あり)
・敷地面積:618.10平方メートル
・延床面積:442.36平方メートル
・問合せ:03-3455-8451

港区立伝統文化交流館までのアクセス 港区立伝統文化交流館公式サイトから引用
港区立伝統文化交流館までのアクセス
港区立伝統文化交流館公式サイトから引用

【伝統文化交流館(旧協働会館) 貸室の案内】

2階「交流の間」を貸室として利用可能(要事前の利用登録)

・対象:区内在住・在勤・在学の団体または個人
・貸室使用料:午前 午前10時から正午まで 5,700円
       午後 午後2時30分から5時30分まで 8,500円
       夜間 午後6時から9時まで 8,500円

来館にあたっては、新型コロナウイルス感染症の拡大防止のため、以下のことに理解と協力をすること

●ご来館前に健康状態の確認と検温を行い、体調のすぐれない場合は来館を控えること
 ※37.5度以上の発熱がある、息苦しさ(呼吸困難)・強いだるさがある、軽度であっても咳・咽頭痛などの症状があるなど
●過去2週間以内に、感染が引き続き拡大している国・地域へ訪問したことがある場合は、来館を控えること
●館内ではマスク着用必須
●手指消毒すること
●周囲の人との間に適度な距離(最低でも1メートル以上)をとること
●混雑時は入場制限で待つ場合あり
●来館時は、新型コロナウイルスの感染拡大防止のために、氏名・緊急連絡先等の記入に協力頂く

■港区立伝統文化交流館
https://minato-denbun.jp/

FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099

2020-7-11 4:56

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東京都港区に百年の時を経て蘇った酒蔵、東京港醸造【連載:アキラの着目】

東京都港区に百年の時を経て蘇った酒蔵、東京港醸造【連載:アキラの着目】

8か月前

日本の首都・東京、それも港区に酒蔵があるといったら、大抵の人は「え、マジで?」と訊き返すに違いない。

それというのも、ビルが並び立つ都心で酒蔵があるわけがない、酒蔵があるのならば、とっくに知っているはずだ、という思い込みがあるからだ。

また、酒蔵というものは、米どころで美味しい水が豊富な地にないと、美味しい日本酒を造ることができない、と一般的には思われているからだ。

ところがどっこい、冒頭で言及したように、東京都港区芝に酒蔵が存在するのだ。

その酒蔵は東京港醸造。

東京港醸造HPから引用
東京港醸造HPから引用

東京港醸造は、元々1812年よりこの芝の地で造り酒屋を営んでいた若松屋の流れを汲んでいる。

江戸から明治へと時代が変遷し、後継者問題や酒税法の変化に伴い、若松屋は約100年間続いた酒造業を1911年に廃業したのだが、激動の幕末を生き抜いた若松屋の歴史と伝統に敬意をはらい、同じこの地で新たに酒造りを復活させるべく、東京港醸造は立ち上げられたのだ。

そんな東京港醸造の造る日本酒は「江戸開城」という銘柄だ。

純米大吟醸原酒「江戸開城」 東京港醸造HPから引用
純米大吟醸原酒「江戸開城」
東京港醸造HPから引用

「江戸開城」にしたのは、明治政府の参謀・西郷隆盛と、旧江戸幕府の海軍奉行・陸軍総裁を務めた勝海舟が「江戸城無血開城」について会談したのが、酒蔵のある港区芝であったためだ。

とりわけ純米大吟醸原酒「江戸開城」は、兵庫県産の特等山田錦45%で造られ、穏やか香りでまとまり感があり、山田錦らしいコクと切れの良さが際立つ最高の一本だ。
山田錦らしいコクと切れの良さとが特徴

幕末やその当時の志士たちに思いを馳せながら「江戸開城」を呑むと、格別な味わいとなろう。

【東京港醸造 詳細】

・所在地:東京都港区芝4-7-10
・TEL:03-3451-2626
・営業時間:11:00-19:00(月-金)11:00-17:00(土)
*2020年7月8日現在、特許申請中のため蔵見学実施せず

■東京港醸造|大都会に蘇った酒蔵
http://tokyoportbrewery.wkmty.com/

FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099

2020-7-8 4:56

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東京の様々な地名の由来 ~六本木(東京都港区)~【連載:アキラの着目】

東京の様々な地名の由来 ~六本木(東京都港区)~【連載:アキラの着目】

12か月前

六本木交差点「東京の様々な地名の由来」シリーズで今回取り上げるのは、六本木だ。

六本木は御存知の通り東京屈指の繁華街として世界に名を馳せており、戦前の東京市では旧麻布区に属していた。

六本木という地名の由来に関する説は2つある。

1つ目の説は、この地に6本の松の木があったことに由来するもの。

もう1つの説は、上杉家、片桐家、朽木家、高木家、一柳家、青木家といった木にまつわる名字の大名家がこの地に屋敷を構えていたことに由来するものだ。

どちらが六本木という地名の由来として正しいという判断や評価を付けることはできないが、いずれにしても木に関係することは確かだろう。

明治時代になると、大名屋敷ばかりだった六本木は、「東京鎮臺歩兵營」という軍事施設が置かれるようになった。

1917~1924 東京 六本木周辺
1917~1924 東京 六本木周辺

昔の六本木を知るお年寄りに訊くと、「戦前の六本木は軍人さんばかりで、怖かった」そうで、現在の繁華街で賑わう六本木とは正反対の町だったようだ。

その後、日本の敗戦により六本木の軍事施設はGHQにより接収され、GHQの外国人向けの商店や飲食店が少しづつでき始めた。

1975年(昭和50年)以降は、赤坂に代わる人気繁華街としての地位を確立し、1980年代後半からのバブル経済期には数十軒ものディスコがオープン、日本人・外国人とも大挙押し寄せるプレイスポットとなった。

人気繁華街ともなれば、当然犯罪や非行の温床となる側面も出てくるようになり、このため六本木エリアはアメリカ国務省、イギリス大使館、オーストラリア大使館によって旅行者向けの『危険地域』として警告されるに至っている。

近年は、大規模な都市再開発が行われ、六本木ヒルズ、東京ミッドタウンがオープンし、繁華街だけでなく、大人向けのお洒落な商業エリアとしても現在の六本木は注目を集めている。
六本木交差点

FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099

2020-3-16 4:56

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ここは一体東京のどこ?~Part9~【連載:アキラの着目】

ここは一体東京のどこ?~Part9~【連載:アキラの着目】

2年前

FJ時事新聞ニッポンニュース恒例の、昔の東京の街に関する写真や絵を見て、それがどこなのかをあてるシリーズの第9弾。

ではいつもの通り早速問題へ。

Q1.ここは東京のどこなのか?

Q2.ここは東京のどこなのか?

Q3.ここは東京のどこなのか?

おわかりになったであろうか。では順番に正解を発表する。

A1. 東京都新宿区河田町

正解は、旧フジテレビ社屋があった河田町。
東京都新宿区にある河田町コンフォガーデン

河田町にはフジテレビ本社(新宿区河田町3-1)が1997年3月まであったが、おわかりの通りその後、港区台場へ移転。

やがて河田町に残されたフジテレビの社屋・スタジオ棟は解体され、その跡地に河田町コンフォガーデンが2003年に竣工した。

A2. 東京都港区西麻布

とんねるずの歌で一躍全国にその名が轟いた西麻布が正解。
西麻布

このモノクロ写真が撮影された当時(1965年1月23日)は、霞町(かすみちょう)と呼ばれていた。

今昔対比すると、昔の霞町は空が低く、東京タワーを四方から望めることができたのに対し、現在の西麻布は首都高速で視界を塞がれ、圧迫感が半端ない。

A3. 東京都港区溜池

これは難問だったかと。

正解は、東京都港区溜池。
溜池

現在の東京都港区溜池周辺は、溜池らしきものが全然ないにもかかわらず「溜池」という地名のままで、不思議に思っている人がきっといるはずだ。

なぜこの地を「溜池」というのかというと、昔は溜池があったからだ。

外桜田絵図(嘉永三年=1850)をご覧頂ければ(左が北)、この地に瓢箪っぽい池(右下)があるのがわかるかと。

外桜田絵図(嘉永三年=1850)
外桜田絵図(嘉永三年=1850)

ちなみに、新旧の写真で共通する奥に見えるビルや家屋は、赤坂の町だ。

では最後に恒例の今昔対比でおさらいを。

東京都新宿区河田町の今昔

東京都新宿区河田町 旧フジテレビ社屋の今昔

東京都港区西麻布の今昔

東京都港区西麻布の今昔

東京都港区溜池の今昔

東京都港区溜池の今昔

今後も気になる昔の東京の街の写真や浮世絵、錦絵、木版画を見つけたら、取り上げてみたい。

FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099

2019-8-21 4:56

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合掌もでき「お寺のおもてなし(お茶・和菓子)」あり、神谷町オープンテラス@光明寺【連載:アキラの着目】

合掌もでき「お寺のおもてなし(お茶・和菓子)」あり、神谷町オープンテラス@光明寺【連載:アキラの着目】

2年前

「都心のオアシス」というワードを聞くと、街路樹が植えられ、オフィスビルとオフィスビルの間に人工的に整備された空間を思い描きがちだが、今回紹介する「都会のオアシス」はそんなところではない。

港区の神谷町にある光明寺が開いているオープンテラスなのだ。

神谷町オープンテラス@光明寺
神谷町オープンテラス@光明寺 東京・神谷町光明寺 / 光明寺 – 浄土真宗本願寺派光明寺HPから引用

光明寺本堂前のテラスにはイスやテーブルが設置され、誰でも気軽に立ち寄れ、お参りもできる憩いの場なのだ。

お茶・和菓子も頂ける「お寺のおもてなし」は、毎週水曜日・金曜日の11:00~14:00の時間帯限定。

前日までに予約した人にオープンテラスの指定席を設け、僧侶及びスタッフがほうじ茶またはコーヒー、そして僧侶による手作り和菓子が出されるのだ。

お茶・和菓子 神谷町オープンテラス@光明寺 / Kamiyacho Open Terrace in Komyoji Temple Tokyoから引用
お茶・和菓子 神谷町オープンテラス@光明寺 / Kamiyacho Open Terrace in Komyoji Temple Tokyoから引用

そのうえ、おもてなしの時に時間が空いていれば、僧侶が希望者に対し短時間の「傾聴」もしてもらえる。

「傾聴」をメインにしてもらいたい人は、月曜日と金曜日の11:00から行なっているので、そこでじっくり聴いてもらうのもよいだろう。

なお、ありがたいことにテラス席への飲食持ち込みは、持ち帰ることができるのならばという条件付きで可能だ。

おもてなしのある日には、おつとめ(読経。本堂にて12:30から約10分)もあり、こちらは予約不要で、自由参加だ。

ちなみに、「お寺のおもてなし」を必要としない人は、予約不要で平日9:00~17:00の間に本堂への参詣やテラス設備(イス、テーブル等)の利用が可能だから、散歩の休憩がてらに立ち寄って利用することも全然アリだ。

【神谷町オープンテラス@光明寺 詳細】

・参詣可能時間:平日9:00~17:00
・傾聴日時:月曜日、金曜日の11:00~12:00
・おもてなし日時:基本、水曜日と金曜日の11:00~14:00も、最新情報はブログにて要確認
・予約:kot@komyo.net に名前、人数、希望時間帯を明記の上、できるだけ前日までに要連絡

※日時等は令和元年7月25日現在のもの

■東京・神谷町光明寺 / 光明寺 – 浄土真宗本願寺派光明寺
http://www.komyo.net/web/kamiyacho.html

■神谷町オープンテラス@光明寺 / Kamiyacho Open Terrace in Komyoji Temple Tokyo
http://www.komyo.net/kot/

■神谷町オープンテラス@光明寺 / Kamiyacho Open Terrace in Komyoji Temple Tokyo: ご利用の手引きアーカイブ
http://www.komyo.net/kot/cat2/

■神谷町オープンテラス(@oteracafe) 公式Instagram
https://www.instagram.com/oteracafe/

FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099

2019-7-25 4:56

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ここは一体東京のどこ?~Part8~【連載:アキラの着目】

ここは一体東京のどこ?~Part8~【連載:アキラの着目】

2年前

FJ時事新聞ニッポンニュース恒例の、昔の東京の街に関する写真や絵を見て、それがどこなのかをあてるシリーズの第8弾。

ではいつもの通り早速問題へ。

Q1.ここは東京のどこなのか?

Q2.ここは東京のどこなのか?

Q3.ここは東京のどこなのか?

おわかりになったであろうか。では順番に正解を発表する。

A1. 東京都港区大門

東京都港区大門

突き当たりの門が大門で、通りの両側は増上寺の別院と思われる。

大門という判断が下せれば、意外と簡単だったのではあるまいか。

A2. 新橋(博品館前)

新橋(博品館前)

JR新橋駅の駅名の由来となった橋だ。

したがって、この橋およびこの通りは現在の銀座通り。

A3. 品川駅

品川駅

蒸気機関車の煙突から振りまく煙や火の粉が街を焼き尽くす恐れがあるとの風評から、内陸での鉄道建設が許可されず、仕方なく海に堤防を築き、そこに線路を敷設するという苦肉の策で開通させた。

なので、品川駅も海沿いだったのだ。

では最後に恒例の今昔対比でおさらいを。

東京都港区大門の今昔

東京都港区大門の今昔

新橋(博品館前)の今昔

新橋(博品館前)の今昔

品川駅の今昔

品川駅の今昔

今後も気になる昔の東京の街の写真や浮世絵、錦絵、木版画を見つけたら、取り上げてみたい。

FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099

2019-7-22 4:56

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東京の様々な地名の由来 ~麻布(東京都港区)~【連載:アキラの着目】

東京の様々な地名の由来 ~麻布(東京都港区)~【連載:アキラの着目】

2年前

久々の「東京の様々な地名の由来」シリーズで今回取り上げるのは、麻布だ。

一口に麻布といっても、「元麻布」、「西麻布」、「東麻布」、「南麻布」、「麻布台」といった広大な範囲を含み、戦前の麻布区が麻布そのものの範囲だといわれている。

現在でも麻布狸穴町(あざぶまみあなちょう)、麻布永坂町のように、地名の頭に「麻布」が付く地名が残っているが、それらはまさしく戦前は麻布区であった証だ。

麻布狸穴町(あざぶまみあなちょう)の狸穴坂
麻布狸穴町(あざぶまみあなちょう)の狸穴坂

六本木も元々は、そうした麻布にある1つの町に過ぎなかった。

そんな広い麻布であるが、麻布という地名の由来には諸説ある。

1つ目の説は、この一帯で麻を多く植え、布を織っていたことに由来し、麻がよく育つ土地という意味で「麻生」になり、これが転じて「麻布」となったとする説だ。

しかし、元々「麻布」は江戸時代くらいまでは、「阿佐布」、「麻生」、「浅府」、「安座部」といったように表記がまちまちで、現在の「麻布」表記に定着したのは幕末以降のようだ。

ということは、必ずしも麻が育っていた土地であったとか、麻で布を織っていた土地であったことは疑わしく、この説は信憑性が低いと言わざるを得ない。

もっともらしいあて字で表記する方が都合が良かったのだろう、おそらく表記の利便性を優先し、まちまちだった表記を「麻布」にしたと考える方が自然だ。

よって、この説は「麻布」の地名の由来としては却下。

2つ目の説は、アイヌ語由来説だ。

太古の昔、麻布十番の周辺までは海であった。

東京湾に突き出ている芝公園の高台から飯倉、麻布狸穴、鳥居坂、日ケ窪、麻布山麓、仙台坂と続く半島と、三田山、魚藍坂(ぎょらんざか)、三光町、恵比寿、天現寺まで続く半島に囲まれた内海は海草が繁殖し、小魚の天国であったので、早くから石器時代から住み着いた原人とアイヌ人がが仲良く住みついていたと考えられる(麻布山にも貝塚があったとのこと)。

当時、内海には小島が点在し、半島を横切るために舟や筏のような乗り物が頻繁に使われ、それらにより狩猟や物々交換をしていたようだ。

こうした舟や筏などで渡ることをアイヌ語で「アサップル」といい、この「アサップル」が転じて「アザブ」、それに漢字をあてて、現在の「麻布」になったとする説を稲垣利吉氏は主張している。

アイヌ語が、それも麻布のところだけ数千年も残るものなのか、これまた信憑性は低いように思われる。

最後の3つ目の説は、地形に由来する説だ。

「あざぶ」は「あさふ」でもあり、「あさふ」は口語では「あそう」と発音するため、「麻生」という表記をあてることもできる。

「麻生」とは「あぞ・ふ」とも発音し、「あぞ・ふ」はすなわち崖地の場所を表している言葉なのだ。

東京都港区の麻布は、まさに台地の縁にある崖地であり、高低差があるため、坂道が多いのはご承知のことかと。

したがって、「麻布」は崖地から由来した地名なのだという説で、信憑性が高いと思われる。

筆者は、3つ目の地形に由来する説が最も「麻布」の地名の由来としてしっくりくるように思う。

やはり、日本の地名は古来より地形から名付けることが多く、こんな地形だから悪天候の時は気をつけろ、みたいなハザード・メッセージを込めている場合が多いのだ。

例えば「龍」が付く地名は、一見カッコ良さそうだが、雨が降ると、その土地の川が、龍が暴れるかのように氾濫する、という意味だったり、鬼怒川もまさに似たような意味で、雨が降ると、鬼が怒ったかのごとく川が氾濫するから鬼怒川と名付けられたのだ。

なので、「麻布」は崖地ですよ、という意味を伝えるために名付けられたのだと考えると、無理がないかなと思う次第だ。

気になる人は、古くから麻布に住むご老人に訊き取りすると、真相がわかるかもしれない。

FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099

2019-7-14 4:56

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意外と楽しめる東京の穴場展望台3選【連載:アキラの着目】

意外と楽しめる東京の穴場展望台3選【連載:アキラの着目】

2年前

今回のFJ時事新聞ニッポンニュースは、意外と楽しめる東京の展望台を3つ取り上げてみる。

過去のニッポンニュースでも、似たような記事を掲載しているが(2018年02月04日ニッポンニュース『東京穴場観光巡り ~文京区シビックセンター展望台~【連載:アキラの着目】』2018年03月08日ニッポンニュース『”駅チカ”の展望回転ラウンジ「銀座スカイラウンジ」【連載:アキラの着目】』2019年01月21日ニッポンニュース『広角ガラスからの眺めと開放感ある屋上の六本木ヒルズ展望台【連載:アキラの着目】』2019年05月22日ニッポンニュース『伊豆諸島へのアクセスと穴場の展望台がウリの調布飛行場【連載:アキラの着目】』)、過去の分とは1つもダブらずに新規で東京の穴場展望台を取り上げてみたい。

1.テレコムセンター展望台

日本夜景遺産にも認定されている、お台場テレコムセンタービル21Fにある展望台(99m)は、広々としたスペースにテーブルや椅子が置かれ、ゆっくり寛げる。

テレコムセンタービル|東京テレポートセンターHPから引用

大パノラマから東京タワーや東京スカイツリー、新宿新都心や品川埠頭、臨海副都心といった東京周辺を一望できる。

晴天時には無料望遠鏡で富士山も望むことが可能だ。

夏には東京湾で打ち上げられた花火を目前で捉え、元旦には初日の出を捉えることができるので、ぜひ行ってみよう。

テレコムセンタービル|東京テレポートセンターHPから引用

【テレコムセンター展望台 詳細】

・所在地:〒135-0064 東京都江東区青海2-38 テレコムセンター 東棟21F
・交通アクセス:ゆりかもめ線テレコムセンター駅より徒歩1分
・営業時間:月~金 15:00~21:00、土日祝 11:00~21:00(夏休み期間 7/20~8/31 11:00~21:00)
・定休日:年中無休(ビル休館日、年末年始を除く)
・入場料:大人500円、子供300円/ 団体(15名以上)各100円引
・TEL:03-5500-0021

施設紹介|テレコムセンタービル|東京テレポートセンター

2.カレッタ汐留 46階展望スペース

こじんまりとした展望台ながらも、地上約200mの高さから眺める風景は絶品!

銀座からレインボーブリッジやフジテレビ等のお台場までの東京湾一帯180°を見渡せることができる。

カレッタ汐留 46階展望スペース SmartParty.jpから引用

特にレインボーブリッジやお台場方面の、北東側展望スペースは、理想的な構図の風景写真を撮ることができるので、オススメだ。

カレッタ汐留 46階展望スペース SmartParty.jpから引用

この展望スペースには、デザイナーズチェアが設置されているので、心ゆくまで絶景を堪能しよう。

綺麗な夜景を観ながら、ロマンティック・モードに突入できるので、デートに最適。

【カレッタ汐留 46階展望スペース 詳細】

・所在地:〒105-7046 東京都港区東新橋1-8-2 カレッタ汐留46階
・交通アクセス:JR・地下鉄銀座線新橋駅徒歩5分、都営浅草線新橋駅徒歩3分
・営業期間:営業:11:00~23:00(スカイレストランの営業時間に準ず)
・その他:年中無休

フロアガイド:46F|カレッタ汐留 – caretta shiodome

3.船堀タワー

江戸川区のシンボル「タワーホール船堀」にあり、無料で最上階まで登ることのできるのが船堀タワーだ。

タワーホール船堀から引用

高さ115mの展望室は、都内全域を一望できる360°の大パノラマ。

無料にもかかわらず、入場案内担当者やエレベーター乗務員もいるので、不明点があってもすぐ訊ける。

【船堀タワー 詳細】

・所在地:〒134-0091 東京都江戸川区船堀4丁目1-1
・交通アクセス:都営新宿線「船堀駅」下車、徒歩約1分
・営業期間:見学時間:展望エレベーター運行時間:9:00~21:30(暴風等、天候により運行を停止する場合あり)
・休館日:年末年始、その他休館日は要HP確認
・タワー料金:無料
・タワーの高さ:展望室高さ 115メートル
・TEL:03-5676-2211(代)

http://www.towerhall.jp/1facility/facility-up.html#otower

以上、そんなに巷では知られていない展望台を取り上げてみた。

時期や他の近場のスポットと上手に絡めて、訪れるといいだろう。

※情報は令和元年6月4日現在のものであるため、詳細は、各施設にお問い合わせのこと

FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099

2019-6-4 4:56

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