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地方都市を彷彿とさせる昔の渋谷に感嘆、写真展「昭和30年代の渋谷」、6月13日まで開催中!【連載:アキラの着目】

空の低い、見慣れぬ駅のモノクロ写真が使われているポスターが目を引く。

そのポスターに打たれた文字を見ると、次に飛び込んでくるのが「渋谷」の2文字。

え~っ、このモノクロ写真の駅は渋谷なのか!

写真展 昭和30年代の渋谷 から引用
写真展 昭和30年代の渋谷 から引用

建設中とはいえ、確かに渋谷駅そばを横断する高架の道路は国道246号線だ。

筆者からすると、こんな”お宝写真”をポスターにいきなり使っちゃっていいの、という心境。

もっと出し惜しみすべきなんじゃないの、とすら思えてしまうくらい、今では決して観ることのできない渋谷駅だ。

こうした昔懐かしの、でも筆者も含めて昭和30年代に生まれていない人間にとっても、どこか温かみを感じるような風景の渋谷がこれでもかと展示されているのが写真展「昭和30年代の渋谷」(開催場所:白根記念渋谷区郷土博物館・文学館)だ。

この写真展「昭和30年代の渋谷」はタイトルの通り、前回の東京オリンピック大会(昭和39年)を契機に激変した昭和30年代における渋谷の街並みを写真で紹介している。

昭和30年代当時における渋谷の写真と現在における渋谷の写真を見比べながら、渋谷の今昔変化を実感してみよう。

【写真展 昭和30年代の渋谷 詳細】

・開催期間:2021年04月17日~2021年06月13日
・開催場所:白根記念渋谷区郷土博物館・文学館(渋谷区東4-9-1)
・入館料:一般 100円(80円)/ 小中学生 50円(40円)
     ※()内は10名以上の団体料金
     ※60歳以上、障害者の付添い人無料
・問合せ:03-3486-2791
・アクセス:渋谷駅東口都バス日赤医療センター行(学03)「国学院大学前」下車徒歩2分、ハチ公バス「郷土博物館・文学館」下車すぐ

■白根記念渋谷区郷土博物館・文学館
http://shibuya-muse.jp/

FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099

駅チカでアクセス抜群、ガラスの柵に囲まれたSHIBUYA SKY展望台【連載:アキラの着目】

YouTubeチャンネル SHIBUYA SKYから引用再開発が進行中の渋谷。

その渋谷で最も高い地上47階建てのビルがSHIBUYA SKYだ。

すでにオープンから1年以上が経っているものの、意外と認知されていないのが不思議だ。

オフィスでもあり、産業交流施設でもあり、商業施設も含まれる複合施設のSHIBUYA SKYだが、やはり一度は行っておきたいのが屋上にある展望施設だ。

西新宿にある都庁の展望台とは異なり有料なのだが、ガラスの柵に囲まれているから見通しが良いし、なんといっても若者の街・渋谷を眼下に見下ろせるのが良い。
YouTubeチャンネル SHIBUYA SKYから引用

YouTubeチャンネル SHIBUYA SKYから引用
YouTubeチャンネル SHIBUYA SKYから引用

池袋(サンシャイン60展望台)、新宿(都庁展望台)、芝公園(東京タワー)、吾妻橋(東京スカイツリー)の風景も決して悪くはないが、やはり若者が集う渋谷を上から眺めると、どのように見えるのかについて追求してきた建造物がこれといってなかっただけに、SHIBUYA SKY展望台の出現はよくぞやってくれた、という思いだ。

SHIBUYA SKYは駅チカの好立地でアクセス抜群だから、地方から来る人でも迷わずに行ける利点もあり、東京スカイツリーと張り合えるくらいの潜在能力を持っていると思われる。

今はまだまだ「知る人ぞ知る」の範疇だから、知られて混雑する前の今、SHIBUYA SKY展望台に行くのがオススメだ。

YouTubeチャンネル SHIBUYA SKYから引用
YouTubeチャンネル SHIBUYA SKYから引用

【SHIBUYA SKY】

・営業時間:10:00~23:00 ※最終入場22:00
・チケット料金(WEBチケット):大人(18歳以上)1,800円(当日2,000円)
        中学生・高校生1,400円(当日1,600円)
        小学生900円(当日1,000円)
        幼児(3歳~5歳)500円(当日600円)

■SHIBUYA SCRAMBLE SQUARE
https://www.shibuya-scramble-square.com/

■YouTubeチャンネル SHIBUYA SKY
https://www.youtube.com/channel/UCWs8rt4ofGmdV4N6KQpP10Q

FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099

キットカットショコラトリーミヤシタパーク渋谷店でマイキットカット作ろう!【連載:アキラの着目】

世界中に存在するチョコレート菓子のキットカット。

とりわけ日本のキットカットは、抹茶味があったり、日本酒味があったりで、他国にはない独特のフレーバーが人気となっている。

そんなキットカットだが、キットカットの専門店が存在する。

それが「キットカット ショコラトリー」だ。

KITKAT Chocolatory | ネスレ キットカット ショコラトリー ブランドサイトから引用
KITKAT Chocolatory | ネスレ キットカット ショコラトリー ブランドサイトから引用

「キットカット ショコラトリー」は、日本を代表するパティシエ・ショコラティエで、独創的なアイデアと味わいあふれるお菓子で人々を魅了する、「ル パティシエ タカギ」「ル ショコラティエ タカギ」オーナーシェフの高木康政氏が監修しており、銀座本店を始めとして数店舗があるのだ。

数ある「キットカット ショコラトリー」の中でも、昨年8月にオープンした「キットカット ショコラトリー ミヤシタパーク渋谷店」は、「キットカット ショコラトリー」として初となる体験型ショップとして現在も注目を集めている。

それというのも、「オリジナル キットカット」を自由に手作りできる世界初のサービス「マイ キットカット」があるからだ。

「マイ キットカット」とは、ビター、ミルク、ルビーの中から好みのチョコレートを選び、「キットカット」の型に流し込むところから、ナッツやフルーツ等をトッピングして、世界に1つだけのオリジナル・キットカットを仕上げるところまでを楽しむことができる画期的なサービスなのだ。

KITKAT Chocolatory | ネスレ キットカット ショコラトリー ブランドサイトから引用
KITKAT Chocolatory | ネスレ キットカット ショコラトリー ブランドサイトから引用

もちろん、作り上げた「マイ キットカット」は、持ち帰ることも可能だ。

自分だけのキットカットを作りたい人は、「キットカット ショコラトリー ミヤシタパーク渋谷店」に直ちに行くべし!

【キットカット ショコラトリー ミヤシタパーク渋谷店】

・所在地:東京都渋谷区神宮前6丁目20番10号 MIYASHITAPARK South2階
・営業時間:11:00~21:00(カフェラストオーダー 20:00)
・休業日:ミヤシタパークの休業日に準じる
・TEL:03-6427-6811
・URL:https://kitkatchocolatory-miyashitapark.com/
・マイキットカットの開始時間:11:30~、13:30~、15:30~、17:30~、19:30~
・マイキットカットの人数:毎回8人まで
・マイキットカットの料金:2,000円(税抜)※1ドリンク付き
・マイキットカットの所要時間:約70分(作業時間:30分、冷蔵時間:30分、予備:10分)

■KITKAT Chocolatory | ネスレ キットカット ショコラトリー ブランドサイト
https://nestle.jp/brand/kit/chocolatory/

FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099

渋谷再開発で渋谷区桜ヶ丘が様変わり!【連載:アキラの着目】

80代くらいの世代の人たちからすると、かつての渋谷は大人の街だったそうな。

それが西武グループによって渋谷は若者の街へと変貌を遂げ、現在ではすっかりギャルの街という位置付けになっている。

そんな変遷をしてきた渋谷だが、まさに今も変貌進行中で、特に渋谷区桜ヶ丘が再開発真っ最中だ!

かつては渋谷でも平屋の日本家屋を目にすることができたのだが、立ち退きの憂き目に遭い、スチールの白壁に覆い尽くされていたり、隠れ家的な店やマニアックな店があった線路脇の道もすっかり跡形もなく真っ平らと化している。

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Google ストリートビューから引用
Google ストリートビューから引用

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Google ストリートビューから引用
Google ストリートビューから引用

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Google ストリートビューから引用
Google ストリートビューから引用

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Google ストリートビューから引用
Google ストリートビューから引用

桜ヶ丘エリアには立ち呑みで有名な居酒屋「富士屋本店」があったのだが、最開発には抗えず、移転を余儀なくされた。

また、パソコンのマウスから革ベルト、スーツケース、電球、サンダル、それ以外の物も盛り沢山にコンパクトな店内に陳列され、何でも揃っていた「一風堂」もあった。

さらに築80年の貴重なレトロモダンな木造アパート「ジュネス順心」もあったのだが、やはり再開発で取り壊されてしまった。

渋谷再開発で取り壊された築80年の貴重なレトロモダンな木造アパート「ジュネス順心」 シブヤ経済新聞から引用
渋谷再開発で取り壊された築80年の貴重なレトロモダンな木造アパート「ジュネス順心」
シブヤ経済新聞から引用

筆者個人としては、桜ヶ丘の古き良さをそのまま残して、再開発しなくても良かったのでは、との思いがいまだにある。

現在、再開発中の桜ヶ丘もまた、どこの都会でも見られるような四角い商業タワービルが林立するのだろう。

FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099

ここは一体東京のどこ?~Part19~【連載:アキラの着目】

FJ時事新聞ニッポンニュース恒例の、昔の東京の街に関する写真や絵を見て、それがどこなのかをあてるシリーズの第19弾。

ではいつもの通り早速問題へ。

Q1.ここは東京のどこなのか?

Q2.ここは東京のどこなのか?

Q3.ここは東京のどこなのか?

おわかりになったであろうか。

では順番に正解を発表する。

A1.中目黒(駒沢通り)

中目黒(駒沢通り)

正解は中目黒、それも駒沢通りだ。

かつては東京を縦横無尽に走行していた都電。

昔の写真(諸河久 氏 1965年3月30日撮影写真から引用)は、奥の恵比寿側から手前の山手通りとの交差点に向かって走行する、8系統築地行きの都電だ。

中目黒は、かつてこの8系統築地行きの終点駅であり、終点なのに安全地帯のない停留所だった。

現在の同じ地点は、蔵もなくなり、オフィスビルやマンション等に建て変わっている。

A2.表参道

表参道

正解は表参道。

昔の写真に写っている建物は、同潤会アパート。

今でいうと、同潤会アパートは、東京の「郊外」に建つ高級マンションみたいな位置づけになるかと。

というのも、渋谷、原宿、表参道は現在のような繁華街やトレンディ・スポットではなく、「東京市豊多摩郡」に属する町に過ぎず、辺鄙な場所だったからだ。

その同潤会アパートも表参道ヒルズの建設に伴い、解体された。

なので、今の写真に写っているのは、表参道ヒルズだ。

A3.渋谷宮益坂下

渋谷宮益坂下

正解は渋谷宮益坂下。

渋谷は現在もそうだが、まさに谷で、周辺地よりも最も低く、いくつもの川が渋谷を流れていた。

今では暗渠となり、明治通りの下や裏原宿の下を流れている渋谷川は、昔は”堂々”と流れていたので、宮益坂下の交差点のある地点は、橋が架かっていたのだった。

一応、説明しておくと、今昔写真とも右に行くと宮益坂になるので、やや勾配がついている。

因みに、左に行くと渋谷駅になる。

では最後に恒例の今昔対比でおさらいを。

中目黒(駒沢通り)の今昔

中目黒(駒沢通り)の今昔

表参道の今昔

表参道の今昔

渋谷宮益坂下の今昔

渋谷宮益坂下の今昔

今後も気になる昔の東京の街の写真や浮世絵、錦絵、木版画を見つけたら、取り上げてみたい。

FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099

緊急事態宣言明けには繰り出そう、いちご飴専門店「ストロベリーフェチ」【連載:アキラの着目】

本日5月4日に正式発表された緊急事態宣言の延長により、引き続き外出自粛を余儀なくされるため、人の集まる街や繁華街へ繰り出すのは控えてもらいたいのだが、これから紹介する店は、緊急事態宣言が解かれた後に行ってもらいたい店だ。

その店は、昨年オープンし、まだ1年経っていないいちご飴専門店の「ストロベリー フェチ(Strawberry Fetish)」。

いちご飴専門店 ストロベリー フェチ(Strawberry Fetish)公式HPから引用
いちご飴専門店 ストロベリー フェチ(Strawberry Fetish)公式HPから引用

4月9日のニッポンニュースで取り上げたりんご飴(「日本初、りんご飴専門店・ポムダムールトーキョー(東京都新宿区)【連載:アキラの着目】」)と似てはいるが、りんご飴といちご飴は別物なのであしからず。

日本初のいちご飴専門店として開店した「Strawberry Fetish(ストロベリー フェチ)」は、若い女の子たちの聖地・SHIBUYA109渋谷にあるのと、串に刺した斬新ないちごがインスタ映えするとのことで、SNS上でたちまち拡散、渋谷に行った際に立ち寄りたいスポットとして定着した。

ストロベリーフェチ(@strawberry_fetish_) | Instagramから引用
ストロベリーフェチ(@strawberry_fetish_) | Instagramから引用

いちご自体の品質はもちろんのこと、ミリ単位の厚さで調整された飴のコーティングにもこだわっており、祭の屋台でお馴染みのいちご飴もあれば、専門店独自の進化を遂げたいちご飴まで様々な種類のいちご飴を堪能できる。

1つのいちご飴でパリパリした食感、美味しさ、可愛さを味わえるから、緊急事態宣言明けには是非繰り出してみよう。

【ストロベリーフェチ 渋谷店】

・所在地:東京都渋谷区道玄坂2-29-1 SHIBUYA109 B2F
・Tel:03-3464-0525
・営業時間:10:00~21:00 ※年中無休 ただし緊急事態宣言中は要確認

■いちご飴専門店 ストロベリー フェチ(Strawberry Fetish)
http://strawberryfetish.com/http://strawberryfetish.com/

■ストロベリーフェチ(@strawberry_fetish_) | Instagram
https://www.instagram.com/strawberry_fetish_/https://www.instagram.com/strawberry_fetish_/

FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099

渋谷スクランブル交差点再現 ~足利競馬場跡地(栃木県足利市)~【連載:アキラの着目】

渋谷スクランブル交差点オープンセット栃木県足利市は「映像のまち構想」を推進するうえで、足利競馬場跡地(足利市五十部(よべ)町)の一部を使い、映画等の撮影に用いる大規模な渋谷スクランブル交差点のオープンセットを今年7月から建設することになった。

国内外問わず最も有名な、日本を代表する都市風景である渋谷スクランブル交差点。
渋谷スクランブル交差点

それゆえに、撮影を希望する映像制作会社が多いのだが、年末年始やハロウィーン等における混雑時期の迷惑行為の影響で渋谷スクランブル交差点の撮影が容易でなく、この渋谷スクランブル交差点を再現した大規模なセットが必要になっていた。

そうした需要や必要性についての相談を映像美術会社「ヌーヴェルヴァーグ」(東京都世田谷区)から受けた足利市が誘致に名乗りを挙げ、渋谷スクランブル交差点オープンセットの工事が決定した。

渋谷スクランブル交差点オープンセットは、工事の進捗状況を見ながら、今年12月まで撮影で使用する予定とのことだ。
渋谷スクランブル交差点オープンセット渋谷スクランブル交差点オープンセット渋谷スクランブル交差点オープンセット

渋谷スクランブル交差点オープンセット 映像のまち あしかがHPから引用
渋谷スクランブル交差点オープンセット 映像のまち あしかがHPから引用

既に複数の映像制作会社から撮影の申し出があるとのことだが、期間中、一般の見学はできない。

ただし、和泉足利市長曰く「撮影が一段落したら、市民に見学してもらう機会も設けたい」とのことだ。

渋谷スクランブル交差点オープンセットは文字通り、JR渋谷駅前のスクランブル交差点を中心とした街並みを再現するもので、アスファルト道や「忠犬ハチ公像」で知られるハチ公前広場、センター街入口のアーチ、人気コーヒー店やデパート等も実寸大で建設する。

渋谷スクランブル交差点オープンセットが足利市に建設されることにより、話題性はもちろんのこと、今後の撮影需要につながることが期待される。

【渋谷スクランブル交差点オープンセット 詳細】

・建設場所:足利市五十部町 競馬場跡地の一部
・使用する面積:1.5ヘクタール(15,000㎡)
・使用する期間:令和元(2019)年7月から12月まで(予定)
・セット内容:渋谷スクランブル交差点
・映像美術会社:株式会社 ヌーヴェルヴァーグ(東京都世田谷区野沢4-21-13)
・その他:映画やドラマ等、複数の作品が撮影される予定です。
・オープンセット配置図:https://www.ashikaga-eizou.jp/common/sysfile/topics/ID00000631binary1.pdf

■渋谷スクランブル交差点オープンセットの建設について-お知らせ-映像のまち あしかが
https://www.ashikaga-eizou.jp/topics/topics.php?id=631

FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099

ここは一体東京のどこ?~Part6~【連載:アキラの着目】

FJ時事新聞ニッポンニュース恒例の、昔の東京の街に関する写真や絵を見て、それがどこなのかをあてるシリーズの第6弾。

ではいつもの通り早速問題へ。

Q1.ここは東京のどこなのか?

Q2.ここは東京のどこなのか?

Q3.ここは東京のどこなのか?

おわかりになったであろうか。

では順番に正解を発表する。

A1.渋谷

渋谷(ハチ公口・スクランブル交差点方面)

正解は渋谷。

現在の渋谷駅ハチ公口から世界的に知られた渋谷スクランブル交差点周辺を撮影した写真。

胴体に「ひばり号」と書かれたゴンドラらしき物は、昭和26年7月に東横百貨店屋上と玉電ビル屋上との75メートル間に開通した観光用ロープウェイ「ひばり号」(定員12人)だ。

「ひばり号」の下にある馬小屋みたいな建物が、当時の渋谷駅舎だ。

スクランブル交差点右の「三千里薬局」は現在も同じ場所で営業している。

A2.六本木ヒルズ

六本木ヒルズ

正解は六本木ヒルズ。

わかりにくかったかもしれないが、遠方の東京タワーがヒントになり、そこから逆算し、地上げられて再開発したのは何かを導き出せば、わかる人にはやさしい問題だったかもしれない。

元々六本木ヒルズのあった場所は、民家が密集しており、住民の賛同を得られるまでに時間がかかったこともあり、再開発計画から六本木ヒルズが完成するまでに17年ほどかかった。

筆者が学生時代にこの辺りを歩いた時は、けやき坂はまだ細く、通行量の少ない通りで、金魚屋さんがあったりしたのだが、長閑な雰囲気が一変し、現在はご承知の通り。

A3.恵比寿ガーデンプレイス脇線路

恵比寿ガーデンプレイス脇線路

正解は恵比寿ガーデンプレイス脇線路。

恵比寿ガーデンプレイスのあった場所は、恵比寿駅の名称の由来となった「ヱビスビール」の工場だった。

なので、「ヱビスビール」の積出し専用駅として開業したのが恵比寿駅で、最初は乗車駅ではなかったのだ。

その後、「ヱビスビール」の工場跡地は「ビア・ステーション」へと生まれ変わり、ビアガーデンだったのだが、さらに生まれ変わり、恵比寿ガーデンプレイスとなって現在に至る。

では最後に恒例の今昔対比でおさらいを。

渋谷の今昔

渋谷の今昔

六本木ヒルズの今昔

六本木ヒルズの今昔

恵比寿ガーデンプレイス脇線路の今昔

恵比寿ガーデンプレイス脇線路の今昔

今後も気になる昔の東京の街の写真や浮世絵、錦絵、木版画を見つけたら、取り上げてみたい。

FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099

若者&外国人にも大人気!昭和レトロ歌謡【連載:アキラの着目】

先日NHK BS1で放送された『cool Japan』や、以前からも民放各局でも取り上げられたきた昭和レトロ歌謡。

昭和世代に親しまれているのは当然だが、最近は若者や外国人にも大人気なのだとか。

なぜ若者や外国人にも昭和レトロ歌謡はウケているのか?

「知らない曲=新しい曲」

現在のJ-POPは、かつてからあったニューミュージックや歌謡曲が土台となっている。

しかし、J-POPは、アップテンポの曲調だったり、耳にすぐ残るようなメロディラインの曲が少なかったり、等々、様々な要因で似たり寄ったりの曲に聴こえかねない現状があるようだ。

そんな現状に満足しない若者の何割かが、かつての高度経済成長期に流行った曲を、親経由なのか祖父・祖母経由なのか知らないが、たまたま接する機会があり、聴いてみたところ新鮮に感じ、それが若者の昭和レトロ歌謡人気に火が点いたきっかけとなった。

すでに以前から存在している曲にもかかわらず、その存在を知らなかったばかりに、古い曲でも知らなければ、新しく感じ、つまり「知らない曲=新しい曲」と現代の若者は捉えたのだ。

最も活気のあった日本の高度経済成長期を反映した昭和レトロ歌謡

これまでに昭和レトロ歌謡を取り上げた数々の番組内でも言及されていたが、昭和レトロ歌謡が全盛だった頃の昭和30年代後半~バブル期手前くらいまでの昭和期は、最も日本が上り調子で、希望に満ちて活気のあった時代だった。

それゆえに、その時代の曲も世相を反映し、明るい曲調だったり、前向きな歌詞・曲調だったり、余裕感のあるリズムだったり、耳に残りやすいメロディラインだったり、そんな曲が多かったのだ。

欧米に追いつけ、追い越せで、ひたすら働き蟻のように働いた当時の日本人を癒やすために、解放するために必要だったアイテムの1つが、昭和レトロ歌謡だったのではないだろうか。

外国人にもウケている昭和レトロ歌謡

そんな当時の日本人にもてはやされ、消化されてきた昭和レトロ歌謡だが、最近では外国人にもウケており、高評価を得ている。

米国のジャズオーケストラ「ピンク・マルティーニ」のリーダー、トーマス・ローダーデールが、ポートランドの古いレコードショップで『夜明けのスキャット』を”ジャケ買い”したことから見出され、最終的には彼らとコラボするまでになった由紀さおりさんの例は記憶に新しい。

そのような、中古レコード屋で日本の昭和レトロ歌謡のレコード盤を手に取り、ハマってしまった外国人は、今や増加傾向なのだ。

その人気の理由とは、やはり世界各国の音楽が流入したことで、そうした芳醇な音楽環境から日本独自の曲が進化・発達したことが挙げられよう。

外国人DJにより開催、『Showa Kayo Night』

通常のロックやJ-POP、フォーク、歌謡曲、演歌ならば、コンサートやライブがあるが、昭和レトロ歌謡を体感するには?

その疑問の答えが、渋谷区宇田川町にある『リズム・カフェ』だ。

この『リズム・カフェ』では頻繁に『Showa Kayo Night』が開催されている。

驚くべきことに、『Showa Kayo Night』の主催者は外国人DJの方なのだ。

この方、米国人のジャスティンさんも、日本の中古レコード屋で”ジャケ買い”した黛ジュンさんのレコードがきっかけで、昭和レトロ歌謡へとハマってしまったのだという。

ジャスティンさんが最初に購入した昭和レトロ歌謡のレコード、黛ジュン『天使の誘惑』。 しかしお気に入りはB面の『ブラック・ルーム』なのだとか。
ジャスティンさんが最初に購入した昭和レトロ歌謡のレコード、黛ジュン『天使の誘惑』。
しかしお気に入りはB面の『ブラック・ルーム』なのだとか。

この『Showa Kayo Night』には、様々な年齢層や人種が集結し、聴くだけの人もいれば、聴きながら自然と曲に身体を委ねたり、踊る人もいる。

実に心地よさそうな空間のようなので、筆者も一度は足を運びたいものだ。

■Showa Kayo Night
https://showakayonight.com/

FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099

渋谷に練兵場?監獄?農場?【連載:アキラの着目】

日本で新宿に次ぎ2番目の鉄道乗降客数を誇る若者の街・渋谷。

特に若い女の子から絶大な支持を得ており、お隣の原宿と並び、女性のファッションや流行で常に先頭を行く街だ。

そんな渋谷だが、年配の方々曰く「5、60年くらい昔は、渋谷はオヤジの街で、今のような若い女の子の街になるとは想像つかなかったよ」とのことだ。

では昔の渋谷はどのような街だったのか、1896-1909年の渋谷周辺図を見てみた。

すると昔の渋谷には意外な発見が!

渋谷周辺地図 - 1896-1909年
渋谷周辺地図 - 1896-1909年

現在の渋谷周辺地図
現在の渋谷周辺地図

なんと現在、渋谷区役所のある場所には「衛戌監獄」(えいじゅかんごく)と右始まりの文字が、さらにNHK放送センターや代々木公園のある場所には「代々木練兵場」の文字が書かれてあるではないか。

どちらも軍関連施設であり、現在の若い女の子がキャーキャー言ってるような渋谷の雰囲気とは完全に真逆だ。

むしろキャーキャー言ってはいけない街だったかのように推測できるかと。

また、この「衛戌監獄」のすぐそばに明治時代の作家・国木田独歩が居を構えていたとのことで、友人の作家・田山花袋が国木田独歩宅を訪ねた際、周辺の小川には水車が回り、乳牛を搾って製品にしていた牛乳屋があったとのことだ。

昔の地図をさらに見続けてゆくと、現在東急百貨店本店・Bunkamuraがある場所の裏手は「鍋島農場」になっており、畑だったことも判明。

大都会・繁華街の渋谷とはイメージを異にする長閑な風景が広がっていたことが想像できよう。

昔の地図を眺めることで、実際は見たことがないけれども、かつての風景がイメージとして膨らみ、思いを馳せることができるのも、地図の良さだ。

ただ単純に道や場所を提示するだけが、地図の役割ではないのだ。

暇な時に昔の地図を眺めてみよう。

FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099