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東京の様々な地名の由来 ~お台場(東京都港区)後編~【連載:アキラの着目】

前回は、お台場の地名の由来となった、品川台場(品川砲台)の成り立ちについて説明した。

今回は、実際に品川台場(品川砲台)の中で現存している第三台場のレポートをお伝えする。

第三台場へのアクセスは、ゆりかもめが便利で、「お台場海浜公園」駅で下車する。

ゆりかもめ路線図

新橋からゆりかもめに乗り、「芝浦ふ頭」駅を過ぎて、お決まりのループも過ぎると、右手に第三台場を眺望することができる。

品川第三台場

あらためて東京湾の中に築造された人工島なんだと認識できる。

「お台場海浜公園」駅で下車し、西側の海方面へ歩くと、台場公園やデックスお台場が網羅された案内図が現れる。

お台場海浜公園周辺案内図

これを見て、まずは第三台場が方形であることを頭に入れておこう。

余談だが、なぜ第三台場は方形なのかというと、十字砲火を可能にするためなのだ。

話を元に戻そう。

案内図の裏手に回ると、大砲の弾に見立てた、丸い球状のオブジェなのか腰掛けなのか不明なものが現れる。

お台場海浜公園

この球に座ってしばしお台場の浜辺を眺めるのもいいだろう。

お台場の浜辺
お台場の浜辺

西に向かって歩みを進めると、第三台場へ向かう”土橋”に着くので、そこをさらに歩いて行く。

品川第三台場への”土橋”
品川第三台場への”土橋”

2分も歩けば、第三台場が視界に入ってくる。

私が行った時は、欧米人女性2人が佇んでいた。

品川第三台場

打込み接ぎ(うちこみはぎ)という石の積み方があるのだが、それに似た石垣を観ることができる。

品川第三台場品川第三台場
品川第三台場

木造の階段を上がっていくと、ちょっとした土塁に刻まれた道2本が現れるので、どちらかを通っていくと、

品川第三台場

台場公園案内に出くわすので、しっかり品川第三台場のあらましについて読んでおこう。

台場公園案内板
台場公園案内板

台場公園案内を見たら、品川第三台場の内側に目を向けてみる。

広大な窪地が視界に飛び込んでくるので、現在自分のいる場所がいかに高く、高低差があるか、一目瞭然だ。

品川第三台場
品川第三台場

品川第三台場の南側角にまで行くと、某お台場テレビ局と品川第三台場の松とのコラボを観ることができる。

品川第三台場

同じ場所から90度西方向に顔を向けると、今度は緑の生い茂った防波堤(左)と、品川第六台場(中央から右)が見える。

品川第三台場

そのまま西方面に進むと、今度は大砲の台座が現れる。

古めかしい大砲の台座だが、幕末期のものではなくレプリカなので、感極まらないように(微笑)。

品川第三台場 大砲の台座
品川第三台場 大砲の台座

品川第三台場の西側角まで行くと、品川第六台場とレインボーブリッジの異色の組み合わせを観ることができる。

品川第三台場とレインボーブリッジ

次は、広大な窪地に下りてみよう。

点々と連なった置石は、陣屋跡だ。

これまた当時のものではなくレプリカなので、誤って感激して、頬ずりしないように(微笑)。

品川第三台場 陣屋跡

窪地の南にあるかまど跡にも踏み込んでみよう。

城郭の虎口(出入口)のように石垣で固められた所を入り込むと、かまど(右)が見えた。

品川第三台場 かまど跡
品川第三台場 かまど跡

かまどをよく見ると、複数の鍋を火にかけられるような造りになっている。

品川第三台場 かまど

因みにこのかまども当時のものではなくレプリカなので、感激して号泣しないように(微笑)。

品川第三台場の東側に行くと、今度は弾薬庫を観ることができる。

品川第三台場 弾薬庫

この弾薬庫は当時のままなので、感激して号泣しても構わない(微笑)。

以上、品川第三台場はじっくり観ても良し、気軽に散歩するのも良し。

人工島の割には草木が密集し、自然豊かで、野生の鳥も飛来してくるので、観光穴場スポットとしてもおすすめだ。

これでお台場は、品川台場から由来した地名ということがしっかりわかって頂けたかと思う。

FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099

東京の様々な地名の由来 ~お台場(東京都港区)前編~【連載:アキラの着目】

某テレビ局や様々なショッピングモールがあり、国内外の観光客から人気がある「お台場」。

「なんか大砲が置いてあった島があったから、お台場って言うんでしょ」

確かに「お台場」の地名の由来は、ほぼその通りなのだが、「はい、それ正解!」ではもうこのコラムが終わってしまうので、もっと掘り下げてみる。

まずは「お台場」こと台場が、昔はどうなっていたかを探ってみる。

台場古地図

これは幕末の地図なのだが、実は台場が11基(未着工含む)も存在したのだ。

この地図に描かれている台場は、「品川台場(品川砲台)」という。

「品川台場(品川砲台)」は、江戸幕府(徳川幕府)がペリーの再来航に備えるため、伊豆韮山の代官・江川太郎左衛門英龍に設計・監督させ、嘉永6年(1853年)に着工された。

江戸時代最後の国家的事業で、かつ西洋式築城術を取り入れた、日本初の本格的近代城郭であるという側面も「品川台場(品川砲台)」は持っている。

今では、ゆりかもめの「お台場海浜公園」駅や、その隣の「台場」駅、さらには「青海」駅、東京ビッグサイトまでのエリア全体を総称して「お台場」というが、元々「お台場」こと台場は、先ほどの地図に描かれた全ての台場を指すのだ。

現在のお台場エリア

因みに、広義の台場は、全国各地に築かれた、砲台がある人工島の要塞や、幕末-明治期に築かれた野戦築城を指し、海岸線だけに築かれたのではなく、峠・高台・交通の要衝にも築かれたりした。

このコラムでは、こうした全国大小の台場を取り上げるつもりはないので、「品川台場(品川砲台)」に限定して、話を進める。

当初「品川台場(品川砲台)」は、最初に掲げた地図が示す通り、品川沖から深川沖にかけて11ヵ所の台場を築造するという案だった。

第一台場から第七台場までが着工したが、資金不足により実際に完成したのは、第一、第二、第三、第五、第六台場の5基で、第七台場は未完成となった。

台場周辺地図(1898-1909)
台場周辺地図(1898-1909)

台場周辺地図(1998-2005)
台場周辺地図(1998-2005)

では実際に品川台場(品川砲台)の中でも現存し、一般開放されている第三台場を歩いてみるのだが、そのレポートは後編で。

FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099

曇り空の日の出桟橋【連載:アキラの着目】

当社BUKKYO時事新聞株式会社のオフィスそばに日の出桟橋がある。

この日の出桟橋から行けるクルージングコースは、以下の4つ。

  1. 浅草~浜離宮経由
  2. お台場海浜公園
  3. パレットタウン
  4. 東京ビッグサイト

東京湾クルージング

また、クルージング船・シンフォニークラシカによる東京ベイクルージングも日の出桟橋から行ける。

クルージング船・シンフォニークラシカ

これらの遊覧船で東京湾や隅田川を観光するのも良し。

反対に、これらの遊覧船に乗船しなくとも、日の出桟橋で海を見ながら汐風にあたって佇むのも良し。

遊覧船HIMIKO

遊覧船

いずれにしても、ビルに囲まれた東京とはまた異なる東京も味わえるのが魅力だ。

FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099