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サラリーマンの聖地にあるプラモデル専門店「タミヤ プラモデルファクトリー 新橋店」【連載:アキラの着目】

男性ならば一度は興味を持ったり、作ったりしたことのあるプラモデル。

最初はモーターのない簡単な構造のプラモデルから始めていったりしたものだ。

初心者だと、キットに付属している、チューブに入ったセメダインで組み立てていくのだが、チューブの押し加減がわからず、多めにセメダインを搾り出してしまい、接着面からセメダインがはみ出してしまったことは男性諸君ならば誰でもあるはずだ。

それが幾つもプラモデルを作っていくと慣れてくるし、また、付属のチューブセメダインよりも、キャップと同体になっている細筆で塗る、瓶詰めセメダインを使うようになったり、さらには、モーターで動くスーパーカーなどのプラモデルにも手を出したりで、益々プラモデルにハマってゆくのだ。

ところが、大抵の男性はある程度の年齢を過ぎると、全くといっていいほどプラモデルを作らなくなる。

少年時代は結構プラモデルを作ってた筆者でさえも、成人してから作ったプラモデルは2つ程だ。

プラモデルを作らなくなった要因は幾つかあるが、やはり時間を割けないことが1番だろう。

たとえ休日に時間を取れたとしても、せっかくの休日を、細心の注意を払いながら集中するプラモデルの組立作業で費やすのは、決して休んでいる状態とは言えず、むしろ業務以上に神経を擦り減らすことになるだろう。

そのうえ、家庭を持つと、自分専用のスペースを確保することが難しく、プラモデルを作る空間もないし、完成させたプラモデルを飾る空間もないから、プラモデルを作りようがないというのも要因として挙げられるだろう。

それゆえに、ほとんどの男性はプラモデルから遠ざかり、年老いてゆくのだ。

しかし、あるきっかけで再びプラモデルにのめり込むこともあるのだ。

サラリーマンの聖地・新橋といえば飲食店やオフィスが集中するエリア。

売り込みで新橋を歩く営業マンももちろんいる。

そんなサラリーマン達がたまたまそこを通りかかったばかりにプラモデル心に火が着いてしまったり、ミニ四駆にまた夢中になったりするのだ。

まさにそこが「タミヤ プラモデルファクトリー 新橋店」なのだ。

タミヤ プラモデルファクトリー 新橋店 公式サイトから引用
タミヤ プラモデルファクトリー 新橋店 公式サイトから引用

店内には自動車、戦車、戦闘機、等々、様々なプラモデルが陳列され、他には5レーンの大型ミニ四駆専用コースも常設されており、プラモデル好きには堪らない憩いの場所だ。

常設されている5レーンの大型ミニ四駆用コース タミヤ プラモデルファクトリー 新橋店 公式サイトから引用
常設されている5レーンの大型ミニ四駆用コース
タミヤ プラモデルファクトリー 新橋店 公式サイトから引用

国内のみならず、海外からのプラモデル・マニアも訪れるほど、知る人ぞ知る存在のプラモデル専門店なのだ。

さすがプラモデル界の雄・タミヤだけある。

まだ足を踏み入れていない人は、ぜひ「タミヤ プラモデルファクトリー 新橋店」に行ってみるべきだ。

 

■TOP – タミヤ プラモデルファクトリー 新橋店 / Tamiya Plamodel Factory Shimbashi
https://www.tamiya-plamodelfactory.co.jp/

 

FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099

ここは一体東京のどこ?~Part22~【連載:アキラの着目】

しばらくお休みしていた「ここは一体東京のどこ?」。

FJ時事新聞ニッポンニュース恒例の、昔の東京の街に関する写真や絵を見て、それがどこなのかをあてるシリーズの第22弾だ。

ではいつもの通り早速問題へ。

Q1.ここは東京のどこなのか?

Q2.ここは東京のどこなのか?

Q3.ここは東京のどこなのか?

おわかりになったであろうか。

では順番に正解を発表する。

A1.吉原大門

吉原大門

正解は吉原大門。

これは難易度が高かったかと。

吉原といえば、江戸時代における江戸最大の遊郭。

”異次元空間”の吉原は、今で言うと、子供たちに直視させると教育上&風紀上よろしくないということだろうか、入口にあたる大門から先のエリアを見させないように、道を真っ直ぐにせずに、あえて屈折させているのだ。

その名残は今もあり、かつての吉原遊郭は東京屈指のソープランド街へと生まれ変わっている。

屈折した道は今も役立っているということだ。

A2.新橋駅東口

新橋駅東口

正解は新橋駅東口。

ロータリーとなっているところを含めて撮影した写真。

アメリカ軍による空襲で焼け野原と化した東京。

街という街は全て焼き尽くされ、新橋駅も焦土となった。

新橋駅東口は西口に比べ大人しい印象で、喧騒から離れたい時は西口から東口に移るといいかもしれない。

A3.六本木

六本木

正解は六本木。

ちょうど「和菓子 青野総本舗」の前だ。

元々この地は、上杉、朽木、高木、青木、片桐、一柳といった、木に因んだ名字の大名の下屋敷が六つあった。

そこから六本木という地名が付いた。

白黒写真は昭和30年代のようで、今から約60年前にもなる。

今では東京屈指の繁華街・六本木だが、この頃は裏手にも平屋の民家があったりで、のんびりした印象だ。

では最後に恒例の今昔対比でおさらいを。

吉原大門の今昔

吉原大門の今昔

新橋駅東口の今昔

新橋駅東口の今昔

六本木の今昔

六本木の今昔

 

今後も気になる昔の東京の街の写真や浮世絵、錦絵、木版画を見つけたら、取り上げてみたい。

 

FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099

”リーマン”の聖地「ニューしんばしビル」、2022年までに解体予定【連載:アキラの着目】

酔っ払った”リーマン”(=サラリーマン)にテレビ局がインタビューする場所としてすっかりお馴染みになっているのが、JR新橋駅SL前広場とニューしんばしビル前だ。

その1つのニューしんばしビルが「安全性の評価Ⅰ」という耐震強度不足のビルとして東京都より実名公表され、震度6強~7で倒壊する可能性が高いため、2022年までの解体が予定されている。

中央から左側に写るビルがニューしんばしビル
中央から左側に写るビルがニューしんばしビル

ニューしんばしビルの解体後は、その地に30階建ての超高層ビル2棟が建つとのことだ(2023年完成予定)。

いつ訪れても”リーマン”だらけで、”リーマン”の聖地であるニューしんばしビルだが、この地は元々、戦後、国内最大の闇市だった所。

戦後の焼け野原で愚連隊が闊歩しまくる無法地帯だったエリアとも言えるが、そこにニューしんばしビルが建設されたのだった(1971年完成)。

緊急輸送道路に接していないニューしんばしビルは補助金の対象外で、耐震改修を自己資金だけで行うには区分所有者の費用負担があまりにも重くのしかかり、それゆえに区分所有者の合意形成がなかなか進まず、今までニューしんばしビルの改修や解体の話がなかなか実現しなかった。

だが、確実に東京直下型地震が起きることはわかっており、このまま完成当時のままでいるわけにもいかず、ニューしんばしビルの解体は致し方ない。

なお、ニューしんばしビルとは正反対側の、新橋駅東口エリアにある新橋駅前ビル1号館、2号館も同様に解体されることになり、この数年で新橋の再開発が進むことになる。

”リーマン”の聖地が解体されることで、求心力が失われるかもしれないリスクが生じたり、垢抜けて若者志向の街に変わるのではといった杞憂がないとは言い切れないが、新橋のさらなる輝きのある未来を期待したい。

【ニューしんばしビル】

・所在地:東京都港区新橋2-16-1
・竣工年:1971年
・階数:地上11階・地下4階
・アクセス:JR山手線「新橋」駅日比谷口徒歩1分、東京メトロ銀座線「新橋」駅8番口徒歩2分

■新橋タウン情報 ニュー新橋ビル1階商店会
http://www.shinbashi.net/02/

新橋タウン情報 ニュー新橋ビル1階商店会 から引用
新橋タウン情報 ニュー新橋ビル1階商店会 から引用

FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099

ここは一体東京のどこ?~Part8~【連載:アキラの着目】

FJ時事新聞ニッポンニュース恒例の、昔の東京の街に関する写真や絵を見て、それがどこなのかをあてるシリーズの第8弾。

ではいつもの通り早速問題へ。

Q1.ここは東京のどこなのか?

Q2.ここは東京のどこなのか?

Q3.ここは東京のどこなのか?

おわかりになったであろうか。では順番に正解を発表する。

A1. 東京都港区大門

東京都港区大門

突き当たりの門が大門で、通りの両側は増上寺の別院と思われる。

大門という判断が下せれば、意外と簡単だったのではあるまいか。

A2. 新橋(博品館前)

新橋(博品館前)

JR新橋駅の駅名の由来となった橋だ。

したがって、この橋およびこの通りは現在の銀座通り。

A3. 品川駅

品川駅

蒸気機関車の煙突から振りまく煙や火の粉が街を焼き尽くす恐れがあるとの風評から、内陸での鉄道建設が許可されず、仕方なく海に堤防を築き、そこに線路を敷設するという苦肉の策で開通させた。

なので、品川駅も海沿いだったのだ。

では最後に恒例の今昔対比でおさらいを。

東京都港区大門の今昔

東京都港区大門の今昔

新橋(博品館前)の今昔

新橋(博品館前)の今昔

品川駅の今昔

品川駅の今昔

今後も気になる昔の東京の街の写真や浮世絵、錦絵、木版画を見つけたら、取り上げてみたい。

FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099

FJ時事新聞選定「とりあえず行くべき東京の街5選」【連載:アキラの着目】

これから書くことは、あくまでも私個人が感じたり、思ったりする東京の様々な街や町についての感想だ。

街歩きの参考になるかどうかはわからないが、皆さんが実際に東京の街や町を検証するきっかけになればいいかなと。

1.渋谷

私が説明するまでもなく、皆さんご存知の渋谷だ。

今では渋谷駅前のスクランブル交差点が世界的に珍しがられたり、若い女の子から絶大な支持を集めている「マルキュー」(渋谷109)があったりで、とにかく10代・20代の若者が多い街だ。

かつて渋谷は大人の街であり、占領軍の米国男性にラブレターを渡したいという日本女性のニーズが多かったことから、ラブレターの代筆屋が大繁盛。

その代筆屋のあった路地が「恋文横丁」といい、今でもその路地名が残っている。

でも今ではすっかり前述の通り、若者、特に若い女の子の街になってしまった。

渋谷 スクランブル交差点

2.恵比寿

恵比寿は私からすると、特にこれといった名所やお目当ての店などがなく、「使いにくい街」なのだが、お洒落なブティックや隠れ家的な飲食店が多く、また代官山と隣接するエリアのため、20代~30代の女性が多いように見受けられる。

渋谷が若くてギャルギャルしてるのに比べ、恵比寿は美人が多いような印象だ。

恵比寿ガーデンヒルズ

3.新橋

私が1番好きな東京の街だ。

なぜ好きなのかというと、おもちゃ箱をひっくり返したような雑多感があり、見ていて飽きないからだ。

また、新宿歌舞伎町のような治安の悪さも感じられないし、サラリーマンが気軽に羽を伸ばして寛げるような居酒屋が多いのも良い。

裏の小路を歩くと、煮魚が美味しい飲み屋があったりするので、”探検”したい人にはたまらなく面白い街だ。

夜の新橋

4.神田神保町

以前は毎月2回のペースで足を運んでいたくらい、この神田神保町も面白い街。

古書街の神田神保町は欲しい本が見つかりやすく、かつてドラマ『探偵物語』や映画『●●遊戯』シリーズで主演を務めた松田優作にハマっていた私は、松田優作関連本をこの神田神保町の古書店で一気に買い漁ったりしたものだ。

浮世絵や歴史書といった硬い分野の書物から、音楽専門誌やアイドル本などの芸能関連のバックナンバーも、神田神保町にある様々な書店で入手可能なので、本好き・収集好きの人は行ってみる価値ありの街だ。

神田神保町の古書店

5.麻布十番

この麻布十番の歴史は古く、今から300年以上も前から商店街の通りが存在しているのだとか。

昔ながらのパン屋さんや瀬戸物屋さんがあったりで、下町風情が漂う麻布十番商店街だが、実際に歩いてみると、山の手の雰囲気や異国情緒も感じられる。

周辺には各国の大使館や高級住宅街があるため、外国人家族が歩いていたり、お洒落な装いのマダムが歩いていたりするのが、その要因だ。

ミリオンセラーを記録した曲『およげ!たいやきくん』のモチーフとなったたいやき屋さんもあり、脱力して散歩できる街だ。

麻布十番商店街

以上、私の独断と偏見で選んだ東京の5街だが、納得して頂いたであろうか?

今後も機会あれば、東京の様々な街を取り上げるつもりだ。

FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099