1980年代の新日本プロレスで活躍し、「ミスターワンダフル」の愛称で親しまれた米国の元プロレスラー、ポール・オーンドーフ(本名ポール・パーレット・オーンドーフ・ジュニア)さんが12日(日本時間13日)に71歳で死去したと世界最大のプロレス団体WWEなどが発表した。
オーンドーフさんの死因は明らかにされておらず。
元々アメリカン・フットボールの選手として活躍したオーンドーフさんはヒロ・マツダさんの指導を受けて1976年にプロレスラーとしてデビュー。
1980年10月に初来日、新日本プロレスで若き頃の長州力さんや藤波辰巳選手と対戦、勝利をおさめる。
当時、新日本プロレスのエースで社長のアントニオ猪木選手ともシングルマッチで対戦したこともある。
1983年4月の新日本プロレス蔵前国技館大会では、前田明選手(当時 現・前田日明氏)のヨーロッパ凱旋帰国初戦の相手を務めるも前田明選手に秒殺負けし、一気に新日本プロレスにおける自身のプロレスラーとしての商品価値が下落してしまった苦い経験もある。
■前田明 対 ポール・オンドーフ
そんなことが影響したのかどうかは定かでないが、同年にポール・オーンドーフさんはWWF(現WWE)に移籍する。
WWF(現WWE)移籍後まもなくして「ミスターワンダフル」の愛称でハルク・ホーガンのライバルとして抗争を繰り広げるようになり、リングを沸かせた。
2005年にはポール・オーンドーフさんはWWE殿堂入りを果たしている。
ライバルだったホーガンさんは「オーンドーフの死去のニュースに打ちのめされた。ブラザーのご冥福をお祈りします。我々の試合はすべてあなたのおかげで好ファイトになった。愛している、ありがとう。天国はさらにワンダフルなものになるだろう」というオンドーフさんを偲ぶコメントをSNSで発信した。