最近旅先の温泉地でよく見かけるのが足湯だ。
老若男女が1つの温泉に足を浸かって、世間話に花が咲く光景は実に微笑ましい。
しかし、以上いったことは世間一般の足湯に対する捉え方であって、筆者のような足湯を好まない人間がいることも確かだ。
なぜ筆者は足湯を好まないのかというと、まさに筆者の目の前で、足が汚さそうな、あるいは汚い中高年の方が温泉にその足を浸けていることが皆無とはいえないからだ。
その足ときたら、水虫で皮膚が削がれたような状態で、いかに温泉の熱や成分による殺菌処理が行われていようとも、同じ温泉に足を浸ける勇気が筆者には湧いてこないのだ。
若い女性の中には筆者のような考えの人もいるだろうから、そうなると足が汚くても、同じ女性のおばさんならまだ我慢できるが、中高年のおっさんだと我慢できないということも決して少なくないだろう。
ちょうどこれは、「お父さんのパンツと一緒に私の衣類を洗濯してもらいたくない」に似た感情でもあるかと。
こういう思いの人たちが多くなると、いずれ足湯は”混浴”ではなくなり、「男湯」、「女湯」に分かれていくこともあり得るのではなかろうか。
以上のような潔癖症的な意見もあれば、いやいや足湯ごときで「男湯」、「女湯」に分ける必要はないだろう、という意見もある。
前述したように温泉には熱や成分があり、これらが菌の繁殖を抑え、足に様々な効能を提供するのだから、「むしろ足が水虫の人は大歓迎、足湯で治してくれ!」といったようなおおらかな人も中にはいるのだ。
筆者はあくまでもイメージの問題が重要で、足を浸けたいなという雰囲気の足湯でないと、浸ける気にはならないから、おおらかな人とはいつまで経っても平行線のままだろう。
「たかが足湯、されど足湯」で足湯だけでも真っ二つに意見が分かれるので、引き続き議論を深めていくことが必要になってくるのかもしれない(!?)。