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「年明けうどん」は是か非か【連載:アキラの着目】

昨年あたりからか、大晦日の年越しそばに対抗して”考案”され、推奨され始めたのが「年明けうどん」。

今回はこの「年明けうどん」の是非について取り上げる。

うどん

率直に筆者の結論をまずいうと、年明けうどんという新慣習は認めないし、認めたくない。

なぜなら「何でもあり」になってしまうからだ。

実際今の日本は何でもありになっているから、声高に叫んでも遅いというのは正直あるのだが…。

年明けうどんのような、この手の新慣習は、商売の匂いがプンプンするのはいうまでもない。

メーカーや業界団体の主導による新慣習の構築および提示といえるだろう。

内需拡大という観点からだと、こうした新慣習による特定商品の販売・売上が拡大することは経済的には良いのだが、個人というミクロ経済で捉えると、余計な慣習を増やしやがって、と言わざるを得ないのだ。

アベノミクスは一部の企業や上流階級が恩恵を受けただけで、末端の庶民にとってはなんのメリットも享受されず、相変わらず家計は潤っていないのに、そこへ来てやれ、年明けうどんを食わなきゃダメだ、というのは支出が増える以外の何物でもなく、受け入れられないのだ。

まして、年越しそばを食って、また年明けうどんを食うとは、炭水化物崇拝も良いところだ。

やはり年初からは炭水化物だけでなく、野菜などのビタミン類が摂れる従来の七草粥の方が、理にかなっているとも言える。

今後人口減少が予想され、内需縮小が確実視されている日本において、年明けうどんのような”こじつけ新慣習”はどんどん増えていくことも予想される。

もうすでに「夏の恵方巻き」や、お年玉に対抗しての「お盆玉」が出現済だ。

「お盆玉」を普及・浸透させることで、「お盆玉」を使った購買需要を増やそうという魂胆が背後にあることは誰の目にも明らかだ。

こういう魂胆丸見えでやるのではなく、やはり新慣習を作るのであれば、もう少しさりげなさがほしい。

あまりにも露骨に「食え!」、「使え!」といわれているような気がして、日本独自の奥ゆかしさが足りていないと個人的には思う。

そんなわけで繰り返すが、現時点では年明けうどんに対して筆者の考えは「否」ということだ。

FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099