好きな時にどこからでも受検可能、日本城郭検定オンライン入門級【連載:アキラの着目】

好きな時にどこからでも受検可能、日本城郭検定オンライン入門級【連載:アキラの着目】

4か月前

日本には国宝・姫路城をはじめとした優美な城が全国に存在する。

しかし、そうした優美な城は全体の一部にしか過ぎない。

というのも、日本全国には天守のない城のほうが圧倒的に多く、その数は3万~4万ともいわれているからだ。

なので、城というと大抵の人は前述の姫路城のように天守のある城を思い浮かべるが、多くの城は山に土塁や堀、切岸、虎口(こぐち。城の出入口)、馬出(城門防御&出撃口)などが築かれた、天守のない城ばかりなのだ。

天守のない城でも愛好家やマニアがおり、様々な城を巡ってはそれらの知識・情報をインプットし、各自が”自称「城博士」”となってゆくのだ。

”自称「城博士」”は他の城マニアと比較して、どのくらいの位置に自分はいるのか気になるものだ。

それを測ることができる指標にもなり、ステータスにもなるのが日本城郭検定だ。

検定主催者側からすれば、日本の財産である、城の奥深い魅力をより多くの人に知って欲しいという思いで日本城郭検定を行なっている。

その日本城郭検定がなんとWeb上で、それも無料で受けられるという画期的なオンライン入門級が登場した!!

日本城郭検定 オンライン入門級 公式サイトから引用
日本城郭検定 オンライン入門級 公式サイトから引用

好きな時にどこからでも無料で受検できるのは、とてもありがたい。

受検に失敗してもお金がかからないし、クイズ感覚で受検できるから、城マニアでなくともとにかくチャレンジしてみよう!

貴方でも認定証をもらえるかもしれない。

【日本城郭検定 オンライン入門級 詳細】

・出題形式:50問出題(四者択一)
・制限時間:60分
・合格基準:30問以上正解で合格
・受験料:無料
・認定証:合格後すぐにダウンロード可能
・主催:日本城郭協会
・特別協力:株式会社ワン・パブリッシング
・企画・運営:日販セグモ株式会社

■日本城郭検定 オンライン入門級 公式サイト
https://www.kentei-uketsuke.com/shiro/online/

FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099

2021-2-25 4:56

跟贴 0

熊本城・特別公開第2弾、被害状況や復旧過程を見学しよう!【連載:アキラの着目】

熊本城・特別公開第2弾、被害状況や復旧過程を見学しよう!【連載:アキラの着目】

7か月前

2016年4月に起きた熊本地震。

熊本市民の象徴的存在である熊本城が至る所で石垣が崩落したり、櫓が倒壊したのは記憶に新しい。

その熊本城が昨年、「特別見学通路」を完成させ、熊本城の地震被害状況や復旧の過程などを見学することができるようになった。

熊本城・特別公開第2弾 YouTube 熊本城・特別公開から引用
熊本城・特別公開第2弾
YouTube 熊本城・特別公開から引用

現在は「特別公開第2弾」として「特別公開 北ルート」、「特別公開 南ルート」の2ルートを公開、片方だけのルートを歩いて見学するのも、通しで両ルートを歩いて見学するのも可能だ。

熊本城「特別公開第2弾」の「特別公開 北ルート」と「特別公開 南ルート」 熊本城公式サイトから引用
熊本城「特別公開第2弾」の「特別公開 北ルート」と「特別公開 南ルート」
熊本城公式サイトから引用

■熊本城特別公開第2弾②

完全に復旧すると、この「特別見学通路」は撤去されるであろうから、逆に今こそ「特別見学通路」からの熊本城の眺めを観ておくべきだ。

とはいえ、完全復旧までにはあと最低でも20年を要すでろうとの試算が出ており、しばらくの間は「特別見学通路」は”安泰”だ。

「特別見学通路」を歩いて見学するにあたり、幾つかの注意点がある。

天守内部への入場ができない、事前予約ができない、カメラの三脚や自撮り棒の使用は不可、等々で、特別公開中は大変な混雑が予想されるため、余裕を持って早めに熊本城へ行こう。

【特別公開第2弾 入園料】

・高校生以上:500円(400円)
・小中学生:200円(160円)
・未就学児:無料

()の料金は団体料金 ※有料入園30名以上

※熊本市内に在学する小中学生、身体障がい者手帳などの交付を受けている方、熊本市内在住の65歳以上の方、城主手形をお持ちの方などは入園料免除
※入園料免除対象の方も券売所で無料券の受取が必要

■【公式】熊本城
https://castle.kumamoto-guide.jp/

復興中の熊本城 熊本城公式サイトから引用
復興中の熊本城
熊本城公式サイトから引用
FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099

2020-12-5 4:56

跟贴 0

国宝・彦根城(滋賀県彦根市)~FJ時事新聞おすすめ名城~【連載:アキラの着目】

国宝・彦根城(滋賀県彦根市)~FJ時事新聞おすすめ名城~【連載:アキラの着目】

9か月前

彦根城天秤櫓今回のニッポンニュース「FJ時事新聞おすすめ名城」で取り上げるのは現存12天守であり、なおかつ姫路城、松本城、犬山城、松江城と並ぶ国宝城郭の彦根城だ。

代々、井伊家が城主を務めた彦根城は、慶長9年(1604年)に江戸幕府初代将軍・徳川家康の命により着工された。

築城工事には尾張藩や越前藩等、計7ヵ国12大名(15大名とも)が動員される天下普請であった。

慶長11年(1606年)には2期までの工事が完了、同年の天守完成と同じくらいの時期に井伊直継が入城。

元和2年(1616年)、大坂夏の陣で豊臣氏が滅亡後、彦根藩のみにより第3期工事が開始され、元和8年(1622年)には表御殿の造営、城郭改造などを含む全部の工事が完了して、ようやく彦根城が完成した。

明治時代初期の廃城令で滋賀県の城郭のほとんどが破却・解体される中、彦根城は奇跡的に破却・解体を免れ、往時の天守が現存する貴重な城だ。

長い説明となったが、早速みてゆこう。

石段を登ってゆくと、石垣とともに見えてくるのが彦根城天秤櫓と廊下橋。

彦根城天秤櫓と廊下橋
彦根城天秤櫓と廊下橋

万一、敵の侵入があった場合は、この廊下橋を切断し、本丸方面に入らせないようにするのだ。

この廊下橋の下を通過し、さらに鐘の丸を経て方向を転換すると、自ずと視界に入るのが先ほど下でみた天秤櫓だ。

彦根城天秤櫓
彦根城天秤櫓

その名の如く左右のバランスをとった、シンメトリーな構造をした櫓だ。

ここを通過すると、さらに天守に近づくことができ、太鼓門櫓を潜れば、もう彦根城天守のお目見えだ。

ゆるキャラの魁として全国に名を轟かせた「ひこにゃん」がお出迎え。

彦根城天秤櫓
彦根城天秤櫓

この「ひこにゃん」と一緒に彦根城を背景に撮影するのが定番だ。

天守に登ると、下界には彦根城表御殿を見渡すことができる。

彦根城表御殿
彦根城表御殿

天守から下りたら終わり、という観光客が多いが、さらに城の裏や背後に回り込んで観るのがオススメだ。

天守裏手の西の丸から撮影した彦根城が↓。

天守裏手の西の丸から撮影した彦根城
天守裏手の西の丸から撮影した彦根城

観終えたら往きと同じ道を通らずに、黒門山道から下山するのもオススメ。

基本的に城巡りでは、同じ道を通らずに、可能な限り様々な角度から天守や櫓、多くの郭(城の区画・エリア)等を観たり、様々な道を歩いてみよう。

コンパクトな造りの彦根城だが、天守のある本丸に辿り着くまでに幾つもの門や枡形が設けられており、かなり強固な城であることがわかるはずだ。

国宝の城ということで、それなりに登城者による混雑が予想されるため、登城の際は、開城時間に行くくらいのほうが良いだろう。

滋賀県観光の折には、ぜひ行ってみる価値のある城だ。

■彦根城 – 彦根観光ガイド : 公益社団法人 彦根観光協会
https://www.hikoneshi.com/jp/castle/

FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099

2020-9-24 4:56

跟贴 0

配布終了した城もあり、ゲット急げ!「近江の城カード」【連載:アキラの着目】

配布終了した城もあり、ゲット急げ!「近江の城カード」【連載:アキラの着目】

10か月前

琵琶湖に占有され、土地面積が狭い滋賀県。

にもかかわらず、滋賀県には1,300を超える城郭が築かれていた。

そんな滋賀県内にある城の魅力を少しでも現地で知ってもらうために、滋賀県の各城にて令和2年4月より順次配布している、城の写真と情報を記載した「近江の城カード」。

「近江の城カード」 戦国ワンダーランドHPから引用
「近江の城カード」
戦国ワンダーランドHPから引用

「近江の城カード」第1弾は8城。

これがあまりにも好評で、すでの配布を終了してしまった城もあるのだが、9月19日以降に「近江の城カード」第2弾として新たに7城が登場する。

【「近江の城カード」第1弾】

●坂本城(大津市)※配布終了(※第2弾で増刷・再配布あり)

●彦根城(彦根市)

 ・配布時間:8:45~17:30(公益社団法人彦根観光協会)
 ・配布場所:彦根市観光案内所(JR彦根駅前)、彦根観光センター(いろは松駐車場内)
 ・配布条件:1,000円以上お買い上げの人のみ
※ツアー参加者としておりましたが、ツアー実施の目途がついておりませんので、配布方を変更

●安土城(近江八幡市)※配布終了

●八幡山城(近江八幡市)

 ・配布時間:9:00~16:10 ※夜間営業の場合19:10まで(村雲御所瑞龍寺事務所)
 ・配布場所:彦根市観光案内所(JR彦根駅前)、彦根観光センター(いろは松駐車場内)
 ・配布条件:要 八幡山ロープウェー乗車料金
       「夕涼み夜間営業期間」、「紅葉夜間営業期間」各期間中先着200名に配布
       「GW夜間営業期間」と「春・秋イベント開催時」の中止に伴い、先着順で配布(なくなり次第終了)

●長浜城(長浜市)

 ・配布時間:9:00~17:00 ※入館受付16:30まで
 ・配布場所:長浜城歴史博物館受付 ※要スタッフに声がけ
 ・配布条件:入館者限定1人1枚

●水口岡山城(甲賀市)

 ・配布時間:9:00~17:00 ※月曜・年末年始休館
 ・配布場所:甲賀市ひと・まち街道交流館

●三雲城(湖南市)

 ・配布時間:10:00~16:00 ※土日祝(旧青少年自然道場)
 ・配布場所:旧青少年自然道場、長谷商店(平日、休日) ※要スタッフに声がけ
 ・配布条件:入館者限定1人1枚

●大溝城(高島市)

 ・配布時間:10:00~17:00 ※水・木定休
 ・配布場所:大溝まち並み案内所総門
 ・配布条件:大溝城天守台跡に設置されたパンフレットケース在中の「大溝城お城カード引換券」と引換えに配布

【「近江の城カード」第2弾(9/19~)】

「近江の城カード」第2弾の詳細は近日公開

●佐和山城(彦根市)
●小谷城(長浜市)
●賤ケ岳砦(長浜市)
●多喜山城(栗東市)
●水口城(甲賀市)
●鎌刃城(米原市)
●中野城(日野城)(日野町)

「Go To トラベル」でも、新型コロナウイルス対策を万全に、各城を巡って城カードをゲットすること。

■近江の城カード 戦国ワンダーランド
https://sengoku.biwako-visitors.jp/近江の城カード/

※掲載した情報は令和2年8月29日現在のもの

2020-8-29 4:56

跟贴 0

「真田街道六城攻城記念御城印」、8月1日より無料頒布!【連載:アキラの着目】

「真田街道六城攻城記念御城印」、8月1日より無料頒布!【連載:アキラの着目】

11か月前

8月1日(土)より「真田街道六城攻城記念御城印」の無料頒布がスタート。

真田街道六城攻城記念御城印 信州上田観光情報 上田市ホームページから引用
真田街道六城攻城記念御城印
信州上田観光情報 上田市ホームページから引用

長野県と群馬県にまたがる真田氏ゆかりの上田城(長野県上田市)、松代城(長野県長野市)、沼田城(群馬県沼田市)、名胡桃城(群馬県みなかみ町)、岩櫃城(群馬県東吾妻町)、中山城(群馬県高山村)の6城全ての御城印を提示した人が無料頒布の対象だ。

ちなみに、御城印をよく知らないという人のために説明すると、御城印とは半紙等に名城やゆかりのある城主の家紋の印を押したものだ。

最近の御朱印ブームにあやかり、城も寺院・神社みたいに、訪れたら入手できるものがあったほうが、登城のモチベーションが上がるのではということで、ここ1、2年の間に御城印をゲットできる城が増えた。

城マニアと戦国武将マニアはかなり重なり、ましてや今回のように頭に「真田」が付くとなると、真田マニアが居ても立っても居られなくなるのは言うまでもない。

以前のニッポンニュースでも触れたが、戦国大名の中でも決して大きくはない真田氏が、かの天下を獲った徳川氏をさんざん苦しめたのだから、人気になっているのだ。

公に正真正銘の真田マニアとして認められたい貴方は、「真田街道六城攻城記念御城印」を必ずやゲットすべし!

【真田街道六城攻城記念御城印 頒布場所】

●上田市観光会館 2階観光案内所
https://www.city.ueda.nagano.jp/site/kankojoho/14383.html

●真田神社(上田城跡公園内)
http://sanada-jinja.com/

●信州松代観光協会(平日)・松代観光案内所(土曜日・日曜日・休日)
http://www.matsushiro-kankou.com/

●沼田市観光案内所
https://www.numata-kankou.jp/

●名胡桃城址観光案内所
http://www.enjoy-minakami.jp/

●東吾妻町観光協会
http://www.tohgoku.or.jp/~aysk/

FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099

2020-7-30 4:56

跟贴 0

城マニア垂涎の1冊『日本のお城 縄張図集』【連載:アキラの着目】

城マニア垂涎の1冊『日本のお城 縄張図集』【連載:アキラの着目】

1年前

ここ最近でかなり増加してきた城マニア。

一口に城マニアといえども、天守のある城だけを巡る人もいれば、天守なしの城やかつての城下町や総構えの内側をも丹念に巡る人もいる。

後者の城マニアの場合、「縄張図」という城のレイアウト図を見ながら巡ることが多く、その縄張図があるとかなり重宝するのだ。

有名な城ならば、案内図や縄張図が確実にあるので、それを見ながら城を巡ることができるのだが、それほど有名ではない城だと縄張図がないことがあったり、見つけにくいことがある。

そうなると、”手探り状態”で城を巡ることになるのだが、効率が悪いのだ。

そんな城マニアにとって重要な縄張図、それも多くのマニアックな城ばかりの縄張図集が自費出版された。

それが『日本のお城 縄張図集』(渡邉敬 著 山城出版)だ。
『日本のお城 縄張図集』(渡邉敬 著 山城出版)

今から18年前に50の手習いならぬ60の手習いで始めた縄張図描きが、80歳を迎える今では描きためた縄張図が430城を超えるまでに。

毎年恒例の「城郭研究者セミナー」での情報公開コーナーでその年に描いた縄張図を発表するも、城マニアの先輩方から「このまま城の縄張図が埋もれているのはもったいない。ぜひ縄張図集として出版すべき!」と勧められ、満を持しての書籍化となったのだ。

1頁1頁繰ると、城マニア大好物の城ばかりが出現する。
『日本のお城 縄張図集』(渡邉敬 著 山城出版)

まさに『日本のお城 縄張図集』は城マニア垂涎の1冊だ。

この『日本のお城 縄張図集』さえあれば、城の縄張がわからずただやみくもに歩き回って藪で立ち往生することもなくなり、実に効率的に城の造りを把握することができる。

ちなみに、『日本のお城 縄張図集』に掲載されている城郭は、北は北海道から南は沖縄までの全国津々浦々で、日本中の城マニアが満足すること確実だ。

【都道府県別 掲載城館名】

●北海道
桂ヶ岡チャシ、倉栄チャシ、アオシマナイチャシ、タブ山チャシ、カムイチャシ、館山チャシ、志海苔館、勝山館

●青森県
湯口茶臼館、真言館、浪岡城、石亀館、黒土館

●岩手県
一戸城、江刺家館、小国館、岩崎城、上須々孫館、立花高館、唐梅城

●秋田県
大湯城、小平館、羽後松山城、鎧ヶ崎城、八反田城、田代城

●山形県
金山城、愛宕山城、太郎田館、判兵衛館、小国城、清水城、次年子楯、河島山遺跡、小国城、中山城

●宮城県
大瓜城、大窪城、村田館、古屋館、荒山城、三沢城、柴小屋館、金山城

●福島県
新地城、比丘尼館、大森館、白土城、鯨岡館、下宿御所館、宇津峰城、大寺城、小屋山館、三森館、赤館城、関ノ森城、一夜館、三坂館、中丸館、赤坂館、上遠野城、東館、桑折西山城、大鳥城、檜原城、松山城、長沼城、九々布館、久川城

●新潟県
小野城、米山寺城、長峰城、荒砥城、京ヶ岳城、箕冠城

●富山県
銀納砦、海老瀬城、桑山城、西勝寺城

●石川県
萩城、松波城、二穴城、和田山城、鷹巣城、朝日山城

●福井県
越前大野城、戌山城、小山城、朝倉山城、細呂木館

●茨城県
車城、東野城、山入城、天神山城、田渡城、宇留野城、御前山城、上入野城、古徳城、足崎城、金上城、久下田城、橋本城、谷貝峰城、館岸城、小幡城、大館・小館、飯塚城、金田城、下小池城、小坂城、木崎城、楯ノ宮館、相賀城、木原城、林外城、守谷城、長山城

●栃木県
芦野城、伊王野城、岩谷要害、佐久山城、武茂本城、武部城、武茂西城、新地館、金枝城、下川井城、勝山城、千本城、茂木城、犬飼城、児山城、多功城、神楽ヶ岡城、箕輪城、皆川城

●群馬県
宮野城、明徳寺城、長井坂城、棚下砦、白井城、箱田城、鷹留城、膳城、五覧田城、大胡城、山名城、根小屋城、麻場城、内匠城、真下城

●埼玉県
猪俣城、金尾要害山城、高見城、杉山城、山田城、松山城、菅谷城、箕田の城山、大築城、大堀山城、柏原城、岡城、滝之城、勝楽寺城、三峰城

●東京都
深大寺城、小野路城、小山田城、片倉城、今井城、勝沼城、枡形山城

●千葉県
松ヶ崎城、根戸城、増尾城、佐津間城、長沼城、東和泉城、矢作城、山崎城、森山城、須賀山城、見広城、八日市場城、飯高城、久方城、本佐倉城、高田山城、師戸城、飯重城、鹿渡城、立堀城、山室城、坂田城、田間城、犬成城、真里谷城、三直城、富津砲台、千本城

●神奈川県
小沢城、茅ヶ崎城、小机城、篠原城、深見城、上ノ山城、大矢部城、新井城、大庭城、河村城、湯坂城、土肥城

●山梨県
谷戸城、笹尾砦、獅子吼城、中山砦、白山城、牧野砦、駒宮砦、真篠砦

●長野県
後谷城、野尻新城、割ヶ岳城、古海城、壁田城、替佐城、雁田城、大倉城、小柴見城、寺尾城、飯田城、中山城、平尾城、城ヶ峰、妻籠城、田草城、式部城

●静岡県
上山田山陣城、韮山城、大見城、鎌田城、柏久保城、狩野城、大沢城、下田城、葛山城、

●葛山館、千福城、戸倉城、勝間田城、千頭峯城

●愛知県
日近城、慈眼寺館、下り地城、山中城、西川城、岩略寺城、和田城、二連木城、赤岩城、船形山城

●三重県
柚井城、治田城、保々西城、城山城、鹿伏兎城、宮山城、稲垣城、五箇所城、福地城

●岐阜県
広瀬城、篠脇城、加治田城、大森城、小原城、今城、松尾山城、前田砦、細野城、長山城、明智城

●滋賀県
賤ヶ岳砦、長比城、佐生城、布瀬山城、佐久良城、土山城、上野城、和田城、後藤氏館

●京都府
吉原山城、溝尻城、堂奥城、佐武嶽城、館城、高津城、中尾城、平山城、丹波城、直見城、大戸城、日置谷城

●大阪府
山辺城、野間城、野間館、安威砦、高安山城、金胎寺城、烏帽子形城、上赤阪城、稲葉城、根福寺城

●奈良県
菅生城、岡西山城、本郷城、本郷東城、赤埴城

●和歌山県
尾崎城、霜山城、今城山城、皮張城、志賀城、平岩城、南山城、神田城、手取城、高城山城

●兵庫県
竹田城、小谷城、荒木城、篠ノ丸城、長水城、上月城、下土井城

●岡山県
爪ヶ城、矢櫃城、高山城、尼ヶ城、林野城、矢櫃城、日上山城、小田草城、神楽尾城、嵯峨山城、州前城、、竹山城、荒神上陣城、楽万上陣城

●鳥取県
上ノ山城、二上山城、妙見山城、田内城、富長城、小松城

●広島県
渕上城、阿草城、桜山城、梨羽城、木村城、茶臼城

●島根県
土居城、茶臼山城、賀田城、石見城、鵜丸城、矢羽城、津和野城

●山口県
岩国城、若山城、萩城、高峰城、勝山御殿

●香川県
引田城、六車城、黄峰城、九十九山城、沙弥城山

●愛媛県
岡城、黒瀬城、大除城

●高知県
岡豊城、大津城、古井の森城、泰泉寺城

●徳島県
脇城、重清城、上桜城、吉田本城

●福岡県
松山城、馬ヶ岳城、戸城山城、花尾城、白山城、黒木城、犬尾城、覗山城

●佐賀県
三瀬城、獅子ヶ城、住吉城、須古城

●長崎県
梶谷城、鳥屋城、井手平城、平松城

●熊本県
山ノ井城、焼米城、神尾城、梅尾城、飛隈城

●大分県
妙見嶽城、烏帽子岳城、小牟礼城

●宮崎県
倉岡城、梅北城、六ヶ城

●鹿児島県
西原城、加瀬田城、手取城

●沖縄県
伊波グスク、座喜味グスク、勝連グスク、浦添グスク、玉グスク、具志川グスク

●大韓民国
釜山支城台城、亀浦城、梁山城、馬山城、永登浦城、南海城、順天城

さあ、この『日本のお城 縄張図集』の縄張図を元に全国の城へ繰り出そう!

【日本のお城 縄張図集 詳細】

・タイトル:日本のお城 縄張図集
・著者:渡邉敬 作図・編集
・著者標目:渡邉, 敬
・出版地(国名コード):JP
・出版地:横浜
・出版社:山城出版
・出版年月日等:2019.12
・大きさ、容量等:436p ; 30cm
・ISBN:9784991110313
・価格:6000円
・ISBN(エラーコード):978-4-9911103-1-1
・出版年(W3CDTF):2019
・対象利用者:一般
・資料の種別:図書
・言語(ISO639-2形式):jpn : 日本語

■日本のお城 縄張図集
http://jcastles.jp/shop/shop.htm

■日本のお城縄張図集 (山城出版): 2019|書誌詳細|国立国会図書館サーチ
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I030160340-00

FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099

2020-2-12 4:56

跟贴 0

山中城の障子堀を模った名物「障子堀ワッフル」(静岡県三島市)【連載:アキラの着目】

山中城の障子堀を模った名物「障子堀ワッフル」(静岡県三島市)【連載:アキラの着目】

1年前

最近は、戦国武将ブームや刀剣ブーム同様に、城郭もブームとなっている。

城郭も様々で、ザックリ大別すると天守なし、天守ありに分類できる。

天守なしの城郭は大概、中世に造られた「土の城」がほとんどで、石垣はないが高い土塁と深い堀を郭(曲輪ともいう)の周りにめぐらせた防御体制をとっている。

堀も、水を張った水堀もあれば、水のない空堀もある。

さらに空堀でも、北条氏(=後北条氏)が得意とした畝堀や障子堀といった、堀の中に仕切りを構築したものがある。

なぜ堀の中に仕切りを入れているのか。

1つ目は、堀の中に仕切りを入れることで、堀に侵入した者は横に移動できなくなる。

横に移動できなくなった敵は、弓矢や鉄砲で命中しやすくなるのは言うまでもない。

2つ目は、堀の中に仕切りを入れることで、仕切りを歩く敵をこれまた命中しやすくなる。

つまり、敵が堀底にいても、仕切りの上にいても、どちらでも敵を命中しやすくなるという利点があるのだ。

だから、こんな理にかなった、そしてなおかつ見た目が斬新な障子堀は、城郭マニアの”大好物”なのだ。

そんな障子堀は、見た目が菓子のワッフルそっくりだ、と以前から言われ続けていた。

じゃあ、実際に作って発売してみるか、日本百名城である山中城の魅力をより多くの人に発信するために、山中城の障子堀に見立てた「障子堀ワッフル」を。

というわけで、山中城名物「障子堀ワッフル」が常設販売となったのだ。

山中城名物「障子堀ワッフル」 三島市HPから引用
山中城名物「障子堀ワッフル」
三島市HPから引用

「障子堀ワッフル」を手に持って、障子堀を背景に撮影すれば、インスタ映えすること間違いない。

山中城障子堀をバックに撮影した山中城名物「障子堀ワッフル」 三島市HPから引用
山中城障子堀をバックに撮影した山中城名物「障子堀ワッフル」
三島市HPから引用

【障子堀ワッフル 販売情報】

・販売店舗:山中城跡案内所 売店(静岡県三島市山中新田410-4)
・電話:055-985-2970
・営業時間:午前10時~午後4時
・定休日:月曜日(月曜日祭日は営業で翌日休み)

■障子堀ワッフル発売中!三島市
https://www.city.mishima.shizuoka.jp/kanko_content034333.html

FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099

2020-2-10 4:56

跟贴 0

備中松山城(日本100名城・岡山県高梁市)~FJ時事新聞おすすめ名城~【連載:アキラの着目】

備中松山城(日本100名城・岡山県高梁市)~FJ時事新聞おすすめ名城~【連載:アキラの着目】

2年前

今回のニッポンニュースで取り上げるのは、岡山県高梁市の臥牛山山頂(標高430m)にある、日本100名城で国指定重要文化財の備中松山城だ。

備中松山城は日本三大山城にも数えられ、また、最も高所にある現存天守の山城で、特に秋には雲海に浮かぶ幻想的なその姿から「天空の城」とも呼ばれている。
「天空の城」備中松山城

備中松山城の築城は、鎌倉時代に有漢郷(現高梁市有漢町)の地頭・秋庭重信が奥地の大松山に城を築いたのを起源とし、1683(天和三)年に水谷勝宗が3年の年月を費やし、現在の天守に修築した。
備中松山城

この地は、山陰と山陽の南北、さらに東西の主要街道も交差する要地であるため、戦国時代は絶えず激しい争奪戦が繰り広げられ、目まぐるしく城主の交代が繰り返されてきた歴史がある。

では早速、備中松山城に踏み入れてみよう。

登城坂の周囲は、高さ10m以上の巨大で切り立った岩壁が聳え立ち、その天然の岩盤を上手く融合させるように、その上に石垣を積んでいる。

この備中松山城の石垣は、本編とは無関係にもかかわらず、実は3年前のNHK大河ドラマ『真田丸』のOPシーンに使われたのだ。

筆者の推測なのだが、難攻不落の真田丸のイメージ形成に”難攻不落の名城”である備中松山城の石垣が最適だったから、わざわざOPに使われたのではあるまいか。

その堅固な石垣を抜けると、備中松山城の天守が顔を出す。
備中松山城 本丸

さらに歩みを進め、階段を登ると本丸になる。

真正面に建つ備中松山城の天守は小ぶりながらも、白い漆喰塗りの壁と黒い腰板のコントラストが映える威風堂々とした風格で、登城者を迎え入れてくれる。
備中松山城 天守

なお、本丸にはそこそこ有名な「猫城主」もいるので、猫好きならば、撫で撫でしてあげよう。
備中松山城本丸にいる猫

天守に登ると、どこにでもあるような、鉄筋コンクリートの”なんちゃって城”とは異なり、天井に大きな梁がある。
備中松山城天守天井の大きな梁

大抵の登城者は、天守に登った後はそのまま城を下りて帰ってしまうのだが、天守裏手に回ると、これまた国指定重要文化財の二重櫓があるので、しっかり堪能しよう。
国指定重要文化財の備中松山城二重櫓

筆者の場合は、可能な限り登城する際は大手(正門口)から入り、搦手(退却口)から出る、出るのが難しい場合は観るだけでも、というスタンスにしている。

今回の備中松山城は搦手を抜けてしまうと、さらに奥へ奥へと行ってしまい、帰られなくなってしまうので、搦手を確認するに留まった。
備中松山城 搦手

ちなみにその搦手付近から見上げると、先ほどの二重櫓を裏手から望めるので、搦手を観た際には忘れぬように。
備中松山城搦手側から観た二重櫓

さすが標高430mの高所にある備中松山城だけに、眼下に広がる景色は絶景だ。

マイカーやレンタカーで備中松山城に行く際は、城まちステーション(5合目)で駐車し、そこからシャトルバスでふいご峠(8合目)まで行くのが良いだろう。

ふいご峠からは約20分も歩けば、備中松山城本丸・天守に辿り着く。

【「天空の城」備中松山城 詳細】

・所在地:岡山県高梁市内山下1

・入館料:【大人】500円 【小中学生】200円 団体割引あり30人以上1割引 100人以上2割引
 ※以下に該当する方は入城料免除(土・日曜日・祝日および休業中に観覧する市内の小・中学生、65歳以上の市内在住民、障がい者手帳持参の人と介助者1人)
・入場時間:【4月~9月】9:00~17:30 【10月~3月】9:00~16:30
 ※12/29から1/3まで本丸への入城不可
・休日:12月29日~1月3日
・駐車場:城まちステーション(5合目)110台、ふいご峠(8合目)14台
・バリアフリー対応:AED
・TEL:0866-22-1487

※料金・時間等は令和元年10月18日現在のもの

FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099

2019-10-18 4:56

跟贴 0

畝状竪堀群が際立つ戦国期の山城・南山城、最後の現地説明会に城好き300人殺到!【連載:アキラの着目】

畝状竪堀群が際立つ戦国期の山城・南山城、最後の現地説明会に城好き300人殺到!【連載:アキラの着目】

2年前

南山城跡 畝状竪堀群岡山県古代吉備文化財センターが調査している戦国期の山城・南山城跡(倉敷市真備町・船穂町)の現地説明会(最終日)が昨日8日に行われた。

受付の際に配布された南山城跡 現地説明会資料
受付の際に配布された南山城跡 現地説明会資料

当初、午前・午後の両部ともそれぞれ60名の参加定員だったが、最後に南山城を脳裏に焼き付けておきたいという城マニアの申込みが岡山県古代吉備文化財センターに殺到、急遽、300人にまで参加者を増やしたのだ。

南山城主郭での岡山県古代吉備文化財センターの方による説明
南山城主郭での岡山県古代吉備文化財センターの方による説明

なぜここまで城好きが南山城に殺到したのかというと、平成30年7月の西日本豪雨で決壊した小田川の付け替えによる治水工事に伴い、南山城跡は令和元年10月末の調査終了後に山ごと姿を消す運命にあるからだ。

南山城 腰郭
南山城 腰郭

それに、全面発掘によって明らかになった、敵の侵入を防ぐ多彩な防御施設群、とりわけ畝状竪堀群の際立っている点が、城好きのハートをしっかり鷲掴みにしたともいえる。

城のことに詳しくない人向けに説明すると、畝状竪堀群とは約50メートルに渡り、畝のように波を打っているかのごとく並ぶ複数の竪堀のことをいう。

二郭から見下ろした畝状竪堀群
二郭から見下ろした畝状竪堀群
南山城跡 畝状竪堀群
南山城跡 畝状竪堀群

南山城の北側は小田川、東側は急峻な地形で、防御力は万全だが、それらに比べ西側と南側は比較的なだらかな斜面であったり、近辺に切通道があることから、防御に難がある。

そこで、南側に畝状竪堀群を配し、敵の横移動に制限をつけるようにしたのだ。

横移動が困難ならば縦移動しかないから、竪堀をまっすぐ敵が登ってくるのは極々自然の成り行き。

その際、堀底を登るのか、それとも堀底でなく塁上を登るのかは防御をする側にとっては大きな問題ではない。

どちらであろうが、的を絞りやすく、敵の先頭から順番に殲滅させるのみだ。

平成31年1月25日(金)・26日(土)南山城跡 現地説明会で岡山県古代吉備文化財センターから配布された資料から引用
平成31年1月25日(金)・26日(土)南山城跡 現地説明会で岡山県古代吉備文化財センターから配布された資料から引用

決して南山城は大きくなく、むしろコンパクトな縄張りにもかかわらず、このような手の込んだ防御網が張り巡らされているから、消滅するのは非常に残念としかいいようがない。

FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099

2019-9-9 4:56

跟贴 0

第14回「日本城郭検定」、2019年6月9日開催【連載:アキラの着目】

第14回「日本城郭検定」、2019年6月9日開催【連載:アキラの着目】

2年前

第14回「日本城郭検定」(主催:公益財団法人日本城郭協会、特別協力:株式会社学研プラス、企画運営:日本出版販売株式会社)が2019年6月9日に開催される。

日本城郭検定とは、日本の財産である、城の奥深い魅力をより多くの人に知って欲しいという思いのもとに立ち上がった検定だ。

累計延べ受験者数は、約21,000人を数え、全国の城好きに大人気の検定なのだ。

2019年6月9日に開催される第14回「日本城郭検定」(主催:公益財団法人日本城郭協会、特別協力:株式会社学研プラス、企画運営:日本出版販売株式会社)
2019年6月9日に開催される第14回「日本城郭検定」(主催:公益財団法人日本城郭協会、特別協力:株式会社学研プラス、企画運営:日本出版販売株式会社)

2019年3月28日現在、インターネットからの申込に限って早割を実施中!

まだ先かと、のんびり構えていると、申込締切日の2019年5月7日(火)が来てしまうので、注意しよう。

【第14回「日本城郭検定」 詳細】

・開催エリア:東京/名古屋/大阪/姫路
・開催級:4級(入門・シロッぷ級)/3級(初級)/2級(中級)/準1級(武者返級)/1級
 ※各種併願割引あり ※中学生以下は学割価格あり
・問題形式:すべてマークシート(4者択一方式)
      4級 50問(問題文はフリガナ付)
      3級・2級・準1級・1級 100問
・合格基準:4級 50問中30問以上正答者は合格 3級・2級・準1級・1級 100問中概ね70問以上正答者は合格

日本城郭検定は、以上のように4級~1級まであるのだが、いざ日本城郭検定を受検するとなると、自分はどの級からの受検が適しているのだろうか、と迷う人もいるはず。

そこで、一応の目安を明記しておくと、

● 4級(入門・シロッぷ級)
城巡り初心者、知識はまだまだだけど、意欲は満点の方を対象とした入門レベル

● 3級(初級)
お城が好き、歴史が好き、知識を得ることでもっとお城を楽しみたい方を対象とした初級レベル

● 2級(中級)
全国のお城を訪ねて周る、歴史から各要素まで奥深い知識を探求したい方を対象とした中級レベル

● 準1級(武者返級)
お城を巡るときは必ず攻める側、守る側の気持ちになってお城を探索するような “つわもの”たちを迎えうつ武者返級難関レベル

● 1級(上級)
城についての広範囲かつ深い知識をもち、城愛好家の頂点を目指す方に向けた最難関レベル

というレベルに分けられている。

日本城郭検定公式サイトでは、日本城郭検定のための練習問題も掲載されており、また、日本城郭検定の過去問題集も発売されているので、事前にこれらを反復して解くことで、頭に城郭知識を染み込ませておこう。

■城の検定「日本城郭検定」公式サイト
https://www.kentei-uketsuke.com/shiro/

FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099

2019-3-28 4:56

跟贴 0

信州・上田城(長野県上田市)~FJ時事新聞おすすめ名城~【連載:アキラの着目】

信州・上田城(長野県上田市)~FJ時事新聞おすすめ名城~【連載:アキラの着目】

3年前

上田城東虎口櫓門今回ご紹介する「FJ時事新聞おすすめ名城」が、真田昌幸・信繁(幸村)親子の居城として有名な信州の上田城だ。

ある程度、城に詳しい人からすれば、「なぜ今さら上田城を取り上げるんだ、ブームは2年前ではないか!」と叱責されるかもしれない。

というのも2年前は、真田信繁(幸村)を主人公とするNHK大河ドラマ『真田丸』が放送されており、上田城がそのドラマの影響やブームに乗っかって、大変な賑わいだったのだ。

逆にいうと、その賑わいや混雑ぶりを避けたく、遅れること2年、ようやく今年になって筆者が上田城を訪城したというわけだ。

上田城の歴史について簡潔に説明しよう。

上田城は天正11年(1583)に、越後(現在の新潟県)の戦国大名・上杉景勝に対抗するための前線基地として、徳川家康の援助の下、真田昌幸が築城した平城だ。

その後、真田昌幸が自領の沼田(現在の群馬県沼田)を関東の戦国大名・北条氏に割譲するよう徳川家康からいわれたため、それを不服として徳川家康の下を離れ、上杉景勝につくことになり、それに怒った徳川家康が上田城に7,000の兵を差し向けたのが天正13年(1585)の第一次上田合戦だ。

また、慶長5年(1600)の関ヶ原の戦いで西軍についた真田昌幸・信繁は、中山道から進軍する徳川秀忠の大軍(38,000人)をわずか2,500~3,000の兵で撃退したのが第二次上田合戦で、これら二度の合戦で大大名の徳川をコテンパンにやっつけた城として有名なのだ。

小さな大名が少ない手勢で、大きな大名の大軍を二度も撃破した城は、上田城以外では例がない。

真田昌幸が属した西軍が関ヶ原の戦いで敗れたことで、真田昌幸は九度山に配流され、上田城主は真田信之となり、以後、仙石氏(三代)、松平氏(七代)と変わり、廃城後は公園となって現在に至っている。

では、実際に上田城を巡ってみよう。

上田城縄張図(考察=三島正之氏) - 真田期の上田城縄張り - 信州まちあるき から引用および番号付記
上田城縄張図(考察=三島正之氏) - 真田期の上田城縄張り - 信州まちあるき から引用および番号付記

市営野球場の対面の駐車場に車を駐車したため、筆者が最初に訪れたのが(1)の空堀だ。

小泉曲輪側から見た上田城空堀

小泉曲輪側から観た写真で、わかりにくいかもしれないが、向かって左へ直角にくびれた堀がめぐらされている。

これは、横からも矢や火器を敵に浴びせることができるように、直角に堀を曲げているのだ。

こうした仕掛けを「横矢掛り」という。

(2)は尼ヶ淵の崖から見た上田城西櫓だ。

尼ヶ淵の崖から見た上田城西櫓

現在は公園や駐車場になっているこの尼ヶ淵は、上田城築城当時は千曲川が流れる天然の要塞で、この上田城南側は鉄壁の守りとなっていた。

(3)は尼ヶ淵の崖から見上げた上田城南櫓だ。

尼ヶ淵の崖から見上げた上田城南櫓

やはり(2)同様に高低差があり、ここをよじ登って城内に侵入することは不可能だ。

二の丸橋を渡り、武者溜りを抜けると、(4)上田城東虎口櫓門が視界に現れる。

上田城東虎口櫓門

門に向かって右の石垣には、とてつもない大きさの「真田石」が積まれており、観る者を圧倒する。

東虎口櫓門をくぐると、そこは上田城の本丸だ。

本丸の周囲は小高い土塁があり、そこから(5)本丸を囲む百間堀を望むことができる。

上田城本丸土塁から望む百間堀

(6)は西櫓手前から見下ろす尼ヶ淵の崖だ。アスファルトの通路と青々とした芝生の領域は、前述の通り築城当時は千曲川が流れていた。

上田城西櫓手前から見下ろす尼ヶ淵の崖

二の丸へ向かい、本丸を囲む百間堀を見ると、(7)本丸の角が意図的に斜めに削られた箇所に出くわす。

上田城本丸隅欠きの土塁(本丸土塁の隅欠き)

この斜めに削られた箇所は「隅欠きの土塁(本丸土塁の隅欠き)」といい、鬼門除けのために北東隅の土塁を斜めに削ったものだ。

この「隅欠きの土塁(本丸土塁の隅欠き)」により、北東角の鬼門を無くし、万全な構えにしたということだ。

(8)は二の丸北虎口で、やはり直角に通路を折り曲げ、敵が一気呵成に直進してこないようにしているのと、横矢をかけられるようにしているのと、2つの意味がある。

上田城二の丸北虎口

最後に上田城から東へ10分ほど歩いたところにある大手門跡だ。

上田城大手門跡

現在この大手門跡は緩やかなカーブになっているが、これまた築城当時は直角に折れ曲がっていたのは言うまでもない。

以上、駆け足で信州・上田城を見てきたが、いかがであったろうか?

『真田丸』のブームが去った今だからこそ、ゆっくりと城内を観ることができるので、かなりおすすめだ。

■信州上田観光ガイド 上田城・上田城跡公園【信州上田観光協会】長野県上田市の大河ドラマ真田丸で知られる上田城
http://www.ueda-cb.gr.jp/uedajo/

FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099

2018-7-13 4:50

跟贴 0

国宝・松本城(長野県松本市)~FJ時事新聞おすすめ名城~【連載:アキラの着目】

国宝・松本城(長野県松本市)~FJ時事新聞おすすめ名城~【連載:アキラの着目】

3年前

今回のニッポンニュース「FJ時事新聞おすすめ名城」で取り上げるのは現存12天守で、姫路城、彦根城、犬山城、松江城と並ぶ国宝城郭の松本城だ。本丸御殿跡を通りながら、松本城天守へ

文禄2~3年(1593~1594)に建てられた五重六階の現存天守としては日本最古を誇る。

松本城の歴史は戦国時代にまで遡る。

元々、現在松本城のある地には永正元年(1504)に島立氏によって建てられた深志城(ふかしじょう)があり、この深志城が現在の松本城の前身であるといわれている。

その後、深志城を拠点とした武田氏の統治が32年間続くも、天正10年(1582)織田信長による武田氏滅亡で、木曽義昌、小笠原洞雪と城主が替わり、小笠原長時の嫡子・貞慶が深志城を奪還し、深志を松本と改名、さらに時代が進み、石川数正によって大天守が建てられた。

標高590メートルの盆地内平地に位置する平城の松本城は、大天守(だいてんしゅ)・乾小天守(いぬいこてんしゅ)・渡櫓(わたりやぐら)・辰巳附櫓(たつみつけやぐら)・月見櫓(つきみやぐら)の五棟で形成されており、大天守と乾小天守を渡櫓によって連結し、辰巳附櫓と月見櫓が複合された連結複合式の天守として有名だ。

ちなみにこの連結複合式天守は、全国広しといえども、松本城だけに見られる特徴的な天守構造だ。

では実際に写真で松本城を観ていこう。

まず1枚目の写真は、松本城北側の堀端から、堀と石垣と天守を樹木越しに捉えたもの。

松本城北側の堀端から樹木越しに捉えた松本城の堀と石垣と天守

現在の松本城は二重の堀で周らされているが、建てられた当時は三重の堀で周らされていたとのこと。

2枚目の写真もやはり松本城北側堀端の松本神社の交差点から撮影。

松本城北側堀端の松本神社の交差点から撮影した松本城

3枚目の写真も松本城北側の堀と石垣だ。

松本城北側の堀と石垣

4枚目の写真は大手側の堀で、画面左側にかすかに写っている橋を渡り、真っ直ぐに進むと、二の丸になる。

松本城大手側の堀松本城案内図現在の地図と重ね合わせた松本城縄張図

松本城の石垣は、未加工の自然石を使用した野面積み(のづらづみ。「乱積み」ともいう)という積み方で構築されており、約400年前に積まれた状態のままで、石の積み替えは行われていない。

その野面積みの中でも、横目は通っているのだが、所々乱れているものを「布積み崩し」といい、松本城本丸北側の外堀の石垣はこの布積み崩しによる構築だ。

松本城の天守・黒門・堀・石垣松本城松本城と埋橋

松本城本丸御殿跡の片隅にあるのが、松本市のマスコットキャラクター・アルプちゃんだ。

松本城と松本市マスコットキャラクター・アルプちゃん

松本城にいる際のアルプちゃんは「甲冑バージョン」の出で立ちで、背景に松本城天守を入れながら、このアルプちゃんと一緒に撮影する外国人観光客もいた。

本丸御殿跡を通りながら、松本城天守へと歩みを進めていく。

本丸御殿跡を通りながら、松本城天守へ

本丸御殿南側に回ると、本丸を取り囲む土塁が現れるので、忘れずに土塁も観ておこう。

本丸を取り囲む土塁

天守最上階まで有料にて登城できる。

その際、以下の2点に注意。

・階段が極めて垂直に近い傾斜であるため、お年寄りや子供は特に注意が必要のこと
・スカート着用の女性は、周囲の男性(スタッフ、観光客含む)の視線が集中してしまう可能性が高いので、必ず長ズボン着用で登城すること

天守最上階からの眺望は文句なし。

ただし、犬山城のような回り縁がないため、天守の外に出る建物構造にはなっておらず、金網越しに景色を観ることになる。

松本城天守最上階からの文句のつけようがない眺望

写真は金網の、意図的に広げられた最も大きな穴から撮影したため、金網越しにならなかっただけだ。

天守から降りると、最後は月見櫓に。

松本城月見櫓

月見櫓はその名の通り「風流に月見をして、歌を詠む」櫓であり、決して戦闘用櫓ではないため、「石落とし」や「矢狭間」、「鉄砲狭間」、「武者溜り」がなく、極めて平和な構造になっている。

そんなわけで、松本城は、戦国時代末期に建てられた大天守・渡櫓・乾小天守の三棟と、江戸時代初期に建てられたと考えられているこの月見櫓と辰巳附櫓の、相反する性格の建物が共存している天守群を持つ、我が国で唯一の城なのだ。

現代風にいうと、戦闘基地とカルチャーセンターの両方が併設された建物ということができ、これが松本城の特徴の1つだ。

松本城月見櫓

最後の写真は、松本城東側に位置する太鼓門を出た所、すなわち外枡形から撮影したものだ。

松本城二の丸太鼓門

現在は、写真で見る通り歩道が緩やかに曲線カーブを描くように施されているが、枡形であるから、進入路が直角に折れ曲がるように門を配した構造になっているのを確認できよう。

最後に付け加える点が1つ。

筆者は、観覧開始時間20分前に松本入りし、8時40分台には天守に登城したので、さほど困難や不便は感じなかったが、混雑ピーク時に訪れると、天守に登るだけでもかなりの待ち時間や、観覧時間がかかるかと予想される。

天守最上階への階段は、フロア毎に幅広かったり、狭かったりし(上の階は狭い幅の階段)、狭い階段を昇降兼用で使用しているところでは、筆者の訪れた時間帯でもやや「渋滞」となっていたからだ。

ゆったりと松本城を満喫したいのならば、それなりの早い時間に訪れることをおすすめする。

【国宝松本城 天守観覧時間等】
・観覧時間:午前8時30分から午後5時まで
 ただし、入場できるのは午後4時30分まで
 ※GWおよび夏期は時間延長あり
・定休日:12月29日~31日
 ※1月1日~3日は要問い合わせ

【松本城へのアクセス】
●電車:JR篠ノ井線「松本駅」下車 徒歩約15分
●バス:松本周遊バス「タウンスニーカー」北コース 「松本駅お城口」発→「松本城・市役所前」下車(乗車時間約10分)
●自動車:長野自動車道 松本ICから、国道158号を松本市街地へ向かい約3km(約15分)

【松本城最寄りの駐車場】
・市営松本城大手門駐車場
 松本城まで徒歩約5分
 開場 7:30~22:30
 TEL 0263-33-1010
・市営開智駐車場
 松本城まで徒歩約5分
 開場 8:00~18:00
 TEL 0263-39-6650
・市営開智大型駐車場
 松本城まで徒歩約5分
 開場 8:00~17:00

【松本城管理事務所】
〒390-0873 松本市丸の内4番1号
TEL:0263-32-2902 FAX:0263-32-2904

■国宝 松本城 – 松本城をより楽しむ公式ホームページ
http://www.matsumoto-castle.jp/

※時間は平成30年6月24日現在のもの

FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099

2018-6-25 4:55

跟贴 0

難攻不落の総構え、後北条氏の居城・小田原古城【連載:アキラの着目】

難攻不落の総構え、後北条氏の居城・小田原古城【連載:アキラの着目】

3年前

毎年発表される全国入城者数ランキング(有料のみ)。

今年も前年の分が発表され、その結果、昨年2017年の全国入城者数ランキングにおいて、リニューアル工事が完了した小田原城が8位にランクインした。

順位 城名 2017年/
平成29年度
2016年/
平成28年度
前年比
1 大阪城 2754395 2557394 108%
2 名古屋城 2557394 1919479 133%
3 二条城 2439079 1886239 129%
4 姫路城 1824703 2112189 86%
5 首里城 1814014 1886239 96%
6 松本城 912587 990373 92%
7 彦根城 835958 774720 108%
8 小田原城 738086 775406 95%
9 会津若松城 634314 584094 109%
10 犬山城 573034 543224 106%

小田原城総構え 小峰の大堀切(こみねのおおほりきり)

小田原城の入城者数が、全国で8位に躍進したことは確かに凄いのだが、「この小田原城が、後北条氏5代に渡る居城だったのかぁ」と感慨に耽ってはいけない。

よく勘違いされてしまうのだが、現在の小田原城復興天守のある地は、家康の腹心・大久保忠世が築城した地であり、近世城郭の範疇に入る。

小田原城の復興天守
小田原城の復興天守

よって、戦国時代から続く名門・後北条氏5代が居城を構えた地では非ず、なのだ。

後北条氏が居城として構えたのは、復興天守北側で、東海道線や東海道新幹線を跨いだエリアにある八幡山だ。

後北条氏5代の居城・小田原古城のあった八幡山
後北条氏5代の居城・小田原古城のあった八幡山

この八幡山にあった小田原城は中世城郭で、近世城郭の小田原城と区別するために「小田原古城」と呼んだりする。

以下この記事においては、「小田原古城」を小田原城として話を進めていくことにする。

小田原城の最大の見所は、なんと言っても総構えだ。

総構えとは、城はもちろんのこと城下町一帯も含め、その外周を堀や石垣、土塁で囲い込み、守備を手厚くした外郭を指し、惣構(そうがまえ)、総曲輪(そうぐるわ)、総郭(そうぐるわ)ともいうものだ。

小田原城総構えは、総延長距離が9kmに渡り、まさに巨大で難攻不落の城郭構造を持っていたのだ。

■小田原城総構えを歩こう | 【公式】小田原城 難攻不落の城
https://odawaracastle.com/global-image/units/upfiles/304-1-20171016150531_b59e44c2bc1c75.pdf

ただ、こうして言葉で淡々と一方的に説明しても、ピンと来ないかと思うので、写真を混じえながら説明したい。

まずはいきなり小田原城小峰の大堀切(こみねのおおほりきり)の写真を観てもらおう。

小田原城総構え 小峰の大堀切(こみねのおおほりきり)
小田原城総構え 小峰の大堀切(こみねのおおほりきり)

外敵の侵入を防いだり、遅らせるために、曲輪や集落の周囲や繋ぎの部分を、人工的に開削して構築した溝を堀切と呼ぶ。

堀切の開削で出てきた土は、その両側に土塁として盛り上げられ、通常の山城における土塁の高さは5mくらいで、敵を阻止するのに十分な高さなのだが、この小田原城小峰の大堀切は、両側の土塁の高さが12mもある。

堀切中央にいる成人男性(≠筆者)と比較すれば、その大きさは一目瞭然かと。

30~40kgの重量はあるといわれる甲冑を身にまとって、この堀切に出くわしたら、12mの土塁をよじ登ろうにも、まず不可能だ。

なぜここまで途方もない規模の堀切を造ったのかというと、豊臣秀吉の大軍を寄せ付けないようにするためだった。

1枚目の写真の堀切をさらに奥に進むと、2枚目の写真の地点になる。

小田原城総構え 小峰の大堀切(こみねのおおほりきり)の横矢折れ
小田原城総構え 小峰の大堀切(こみねのおおほりきり)の横矢折れ

堀を意図的に曲げて、側面攻撃(横矢)を可能にしているのだ。

こういった折り曲げた堀・土塁の部分を「横矢折れ」と呼ぶ。

やはり両側の土塁の高さは12mほどある。

3枚目の写真は、小田原城北側に遺った総構えの一部で、山ノ神堀切と呼ばれる。

小田原城総構え 山ノ神堀切
小田原城総構え 山ノ神堀切

ここも大規模な土木工事で山を削り、堀切を造り出した。

4枚目の写真は、谷津御鐘台の虎口(こぐち。出入口のこと)。

小田原城総構え 谷津御鐘台の虎口
小田原城総構え 谷津御鐘台の虎口

真っ直ぐな通路でなく、ジグザグな通路にしているのは、敵が一気呵成に真っ直ぐに攻め込んでこないようにするためだ。

因みに写真のような、90度に通路が折れ曲がった構造の虎口は、枡形虎口(ますがたこぐち)という。

5枚目の写真は、小田原城総構えの土塁が、小田急線を敷設するにあたり、寸前で削られてしまった箇所を撮っている。

小田原城総構え 小田急線敷設により切削された土塁
小田原城総構え 小田急線敷設により切削された土塁

6枚目の写真は、小田原城東部に位置する蓮上院土塁と呼ばれる、総構えの一部だ。

小田原城総構え 蓮上院土塁
小田原城総構え 蓮上院土塁

最後の7枚目の写真は、順序がズレるが、八幡山にあるマンション住民が利用する階段だ。

小田原城八幡山古郭 竪堀跡
小田原城八幡山古郭 竪堀跡

実はこの階段は、小田原城八幡山古郭の竪堀跡であり、その竪堀に沿って階段を造ったのだ。

ということで、やや駆け足で説明してきたが、城好きではない人にとっては、なんのこっちゃ、という心境だろう。

要するに、復興天守の小田原城にせっかく行くのならば、すぐ近くの小田原古城にも足を伸ばし、散策することをおすすめしたいということなのだ。

江戸時代以降の近世城郭と、戦国時代の中世城郭の両方を有した城は、全国広しといえども、この小田原城しか存在しないのだから。

FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099

2018-5-18 4:45

跟贴 0