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都市伝説「モー娘。牧野真莉愛、ホームランボールをキャッチ!」は本当か?【連載:アキラの着目】

大田泰示選手のホームランボールをキャッチしたモーニング娘。'21牧野真莉愛ちゃん 牧野真莉愛 公式インスタグラムから引用アイドル戦国時代が継続中であると考えられている現在、やはり他のアイドルグループから一目置かれているのがモーニング娘。’21(リーダー:譜久村聖)だ。

歌手やタレントとして精力的に活動し、現代アイドル事情にも詳しい作曲家のヒャダインさん(本名:前山田健一)をして、現時点で「最強!」と言わしめただけあって、モーニング娘。’21は歌唱力もダンスも、楽曲も最高レベルと言っても異論はないだろう。

そのモーニング娘。’21には個性的なメンバーが集まっており、実に見ていて飽きないのだが、その中でも頻繁にネットニュースで取り上げられるメンバーが牧野真莉愛ちゃんだ。

アイドルの王道路線を突き進むモーニング娘。’21において牧野真莉愛ちゃんはグラビア担当ということもあって、セクシーな水着姿の写真集がニュースになることがやたら多い。

しかし、今回はグラビア写真集のことではなく、別のことで牧野真莉愛ちゃんは春先からネット民の間で注目されているのだ。

それは「モーニング娘。’21の牧野真莉愛ちゃんがホームランボールをキャッチしたらしいぞ」というものだ。

都市伝説として語り継がれているようなフシがあるので、早速確認すべく牧野真莉愛ちゃん公式インスタグラムにアクセスしてみた。

牧野真莉愛ちゃん公式インスタグラムにアクセスしてみたら、確かに4月23日付けの投稿でホームランボールをキャッチしたことを確認できた。

となると、これは都市伝説というよりは事実そのものだ。

「大田泰示選手のホームランボール飛んできた」との記載があるので、北海道日本ハムファイターズ所属の大田泰示選手が打ったホームランボールをキャッチしたのだ。

牧野真莉愛ちゃんがホームランボールを手で持った写真は確認できたが、実際にホームランで飛んできたボールをキャッチした映像はないのだろうか。

インターネットは実に便利なもので探すとあるのだ、牧野真莉愛ちゃんがホームランボールをキャッチした映像が。

その映像が↓

■YouTube【アラボーイ】大田泰示 “ツッコミどころが多過ぎる” 初回先頭打者弾

大田泰示選手のホームランボールをキャッチしたモーニング娘。'21牧野真莉愛ちゃん YouTube【アラボーイ】大田泰示 “ツッコミどころが多過ぎる” 初回先頭打者弾 から引用
大田泰示選手のホームランボールをキャッチしたモーニング娘。'21牧野真莉愛ちゃん YouTube【アラボーイ】大田泰示 “ツッコミどころが多過ぎる” 初回先頭打者弾 から引用

大田泰示選手のホームランボールをキャッチしたモーニング娘。'21牧野真莉愛ちゃん YouTube【アラボーイ】大田泰示 “ツッコミどころが多過ぎる” 初回先頭打者弾 から引用
大田泰示選手のホームランボールをキャッチしたモーニング娘。’21牧野真莉愛ちゃん
YouTube【アラボーイ】大田泰示 “ツッコミどころが多過ぎる” 初回先頭打者弾 から引用

ホームランボールを拾って、ボールを持った左手を上に突き上げているのは、まさしくモーニング娘。’21の牧野真莉愛ちゃんで間違いない。

本当だった、「モーニング娘。’21牧野真莉愛、ホームランボールをキャッチ!」は。

今後も可能な範囲で、ニッポンニュースでは本当のことかどうかを検証してゆく。

■牧野真莉愛 公式インスタグラム maria_makino.official
https://www.instagram.com/maria_makino.official/

■モーニング娘。‘21 12期オフィシャルブログ Powered by Ameba
https://ameblo.jp/mm-12ki/

FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099

プロ野球界の「闘将」星野仙一氏、膵臓がんで急逝【連載:アキラの着目】

元プロ野球中日ドラゴンズのエース投手で現役中は「燃える男」、監督として中日ドラゴンズ、阪神タイガース、楽天イーグルスでの監督時代は「闘将」と呼ばれた星野仙一(ほしの・せんいち)楽天球団副会長(70歳)が、1月4日午前5時25分、膵臓がんにより急逝した。

2016年7月に急性膵炎を発症した際に膵臓がんであることが判明し、昨年末に病状が悪化。

「余命90日」といわれても、1年半膵臓がんと闘い続け、最後まで「燃える男」を貫いた。

近親者らで密葬を行い、後日「お別れの会」を開く予定。

星野仙一氏

現役時代は、マウンドで雄たけびを上げ、闘志を全面にむき出しにした投球で打者をねじ伏せた。

そこから「燃える男」の異名が付いた。

とりわけ読売ジャイアンツに対しての闘志は凄まじかった。

入団が有力視されていたドラフト会議では憧れの読売ジャイアンツからの指名がなく、読売ジャイアンツに入団できなかったからだ。

それをバネに1974年には中日ドラゴンズのエース投手として読売ジャイアンツのリーグ10連覇を食い止め、中日ドラゴンズの優勝に貢献した。

後の「世界のホームラン王」王貞治選手(現・ソフトバンク王貞治球団会長)との対戦では、攻撃的な投球で常に挑み続け、王貞治選手の宿敵であった。

現役引退後は中日ドラゴンズの監督として2度のリーグ制覇を達成、2002年には4年連続最下位だった阪神タイガースの監督に就任、2年目で優勝を達成した。

楽天イーグルスの監督に就任した直後の2011年3月に東日本大震災が発生、被災地を勇気づけるべく就任2年後の2013年に宿敵・読売ジャイアンツを日本シリーズで負かし日本一となった。

2014年を最後に監督を勇退した後も、楽天イーグルス球団副会長として被災地の復興とチーム強化に「燃える男」の本領を発揮した。

しかし、「燃える男」星野仙一氏も、残念ながら病魔には勝てなかった。

ご冥福をお祈りします。

FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099