大阪・西成の気質を受け継いだビール「西成ライオットエール」【連載:アキラの着目】

大阪・西成の気質を受け継いだビール「西成ライオットエール」【連載:アキラの着目】

3週間前

大阪西成にあるブルワリー「Derailleur Brew Works(ディレイラブリューワークス)」で造られた西成ライオットエール(NISHINARI RIOT ALE) Derailleur Brew Works(ディレイラブリューワークス)公式サイトから引用先日のニッポンニュースでは、銀座にあるブルワリーを取り上げた(2021年03月17日ニッポンニュース「まさかの東京・銀座にあるブルワリー【連載:アキラの着目】」

今回のニッポンニュースは大阪のブルワリーとそこで造られたビールを取り上げる。

そのブルワリーとは大阪市西成区にあるクラフトビール工場のDerailleur Brew Works(ディレイラブリューワークス)だ。

大阪市西成区にあるクラフトビール工場のDerailleur Brew Works(ディレイラブリューワークス) Derailleur Brew Works(ディレイラブリューワークス)公式サイトから引用
大阪市西成区にあるクラフトビール工場のDerailleur Brew Works(ディレイラブリューワークス)
Derailleur Brew Works(ディレイラブリューワークス)公式サイトから引用

Derailleur Brew Works(ディレイラブリューワークス)は、朝から酒を楽しむ街”ニシナリ”にこだわり、ライオットエールのレシピを再現するために設立された、クラフトビール向上と企画運営チームの集合体だ。

フランス語で「道を外す者=生き方を自分で選ぶ者」を意味する「Derailleur(ディレイラ)」という単語は、常識や一本道にとらわれない発想やマインドでビールを造り続けてゆくことを信念とする同集合体にとって、ピッタリくる単語なのだ。

また、東京の山谷、横浜の寿町と並ぶ「日本3大ドヤ街」の1つである大阪の西成は、日雇い労働者用の簡易宿が建ち並び、路上生活者も多く、かつては頻繁に日雇い労働者や路上生活者が暴動を起こしていた地であったことから、そうした西成のヤンチャな気質と「Derailleur(ディレイラ)」が重なることも受けて、ビール名に冠したのだろう。

肝心のビール「西成ライオットエール(NISHINARI RIOT ALE)」はというと、1990年にポーランドから西成にやってきた女子高生エミリー・スコットさんが故郷で味わったビールのレシピで、出会った仲間・ヤマトさんとオオサキさんと共にアメリカンペールエールを再現したものだ。

苦味が少なく、調和と後味に特徴があるビールとのことだ。

大阪西成にあるブルワリー「Derailleur Brew Works(ディレイラブリューワークス)」で造られた西成ライオットエール(NISHINARI RIOT ALE) Derailleur Brew Works(ディレイラブリューワークス)公式サイトから引用
大阪西成にあるブルワリー「Derailleur Brew Works(ディレイラブリューワークス)」で造られた西成ライオットエール(NISHINARI RIOT ALE)
Derailleur Brew Works(ディレイラブリューワークス)公式サイトから引用

大阪以外の酒屋さんでも「西成ライオットエール(NISHINARI RIOT ALE)」は販売されているので、公式サイトでチェックしてみよう。

【西成ライオットエール(NISHINARI RIOT ALE) 詳細】

・内容量(ml):330ml
・Alc.含有量(%):5%
・原材料:麦芽、ホップ、アイリッシュモス

■Derailleur Brew Works(ディレイラブリューワークス) / TOPページ
https://derailleurbrewworks.com/

■Derailleur Brew Works 公式インスタグラム
https://www.instagram.com/derailleurbrewworks/

■Derailleur Brew Works ディレイラブリューワークス 公式Facebook
https://www.facebook.com/Derailleurbrewworks/photos/a.2042488779367515/2960298247586559/

FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099

2021-3-28 4:56

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東京の様々な地名の由来 ~恵比寿(東京都渋谷区)~【連載:アキラの着目】

東京の様々な地名の由来 ~恵比寿(東京都渋谷区)~【連載:アキラの着目】

4か月前

「東京の様々な地名の由来」シリーズで今回取り上げるのは、東京都渋谷区にある恵比寿だ。

先日、恵比寿ガーデンプレイスでサッポロホールディングスが約35年ぶりにビール醸造を再開する方向とのニュースが流れたばかりだが、その背景には地名の由来とも関係があるのだ。

というのも、恵比寿ガーデンプレイスのある場所は元々ビール工場だった場所。

恵比寿ガーデンプレイス ビヤステーション クレタ歯科医院(写真:フォトグラファー 村上千恵様 他多数の方々)から引用
恵比寿ガーデンプレイス ビヤステーション
クレタ歯科医院(写真:フォトグラファー 村上千恵様 他多数の方々)から引用

1887年(明治20年)に日本麦酒醸造会社(現サッポロビール)がこの地にビール工場を建て、ビールの製造が開始された。

1890年(明治23年)にようやく製造されたビールは「ゑびすビール」という名が付けられた。

日本麦酒醸造会社の要望により、1901年(明治34年)にビール工場のすぐ脇を走っていた日本鉄道品川線(品川-赤羽間・現山手線)にビールを輸送するための貨物駅が新たに造られるのだが、日本麦酒醸造会社の製造していたビールに因んでこの駅名を「恵比寿」と命名。

その後、昭和3年には、恵比寿駅東側から港区白金に向うバス通りに沿って、恵比寿通り1丁目・2丁目という町名が付され、現在に至っている。

しかし、そもそもなぜこの地でビールの製造をするようになったのだろうか?

この地には元々江戸幕府が造った用水路「三田用水」という生活インフラがあり、このため安政5年(1858年)以降、外国人居留地ができ、在留外国人が増加したのだ。

それに伴い、この外国人居留地向けのビールが輸入されるようになったのだが、輸送にかかる日数や運賃コスト、そのうえ、高い気温の赤道を超えることによるビールの品質劣化などの問題が生じた。

そこで輸入ビールではなく、日本国内でビールを供給できないかということで、ビールの製造が試みられるようになったのだとか。

ちなみに、「ゑびすビール」の品質が如何ほどのものだったのかというと、1900年(明治33年)開催のパリ万博では、栄えある金賞を受賞するほどの出来栄えだったのだとか。

ビールの製造によって活気を呈し、地名にまでなった恵比寿。

当時の恵比寿は、ビールの製造や輸送に関わっていた男性労働者ばかりで男臭い町だったであろうことは想像に難くないが、今では渋谷を”卒業”した女性たちが上品に闊歩する街へと変貌を遂げている。

2020-12-17 4:56

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