FJ時事新聞近辺散歩 ~バブル期に栄華を誇ったジュリアナ東京の跡地は今~【連載:アキラの着目】

ジュリアナ東京のお立ち台でジュリ扇をあおぎながら踊るバブル期のギャルたち
2018年10月06日

久々のFJ時事新聞近辺散歩は、バブル期には若い男女でごった返したジュリアナ東京の跡地だ。

いきなりジュリアナ東京と書いても、「あっしには何のことだかわかりやせん」と言われてしまうのがオチなので、軽くジュリアナ東京について説明すると…。

ジュリアナ東京とは、バブル黄金時代に「ワンレン・ボディコン」の若いお姉さん達が「お立ち台」でジュリ扇(羽付き扇子)を振り回してダンスするのが定番と化した伝説のディスコで、1991年5月15日~1994年8月31日まで営業していた。

ジュリアナ東京のお立ち台でジュリ扇をあおぎながら踊るバブル期のギャルたち
ジュリアナ東京のお立ち台でジュリ扇をあおぎながら踊るバブル期のギャルたち

当時の写真は、決して風俗嬢の人たちや、いわゆる”水商売”の人たちを写したものではなく、一般の若いお姉さん達なのだ。

昼間はどこかの企業のOLとして勤務し、業務を終えると、タクシーでジュリアナ東京に駆けつけていたのだ。

ちなみに彼女たちの”夜の制服”であるボディコンは、その移動タクシーの中で着替えていたこともあったのだとか。

ジュリアナ東京には前述の「お立ち台」があり、ここで誰よりもSEXYに踊り、「男性の目を釘付けにする女性こそ私よ!」みたいな目立ちたがり競争が毎晩繰り広げられていた。

ジュリアナ東京のお立ち台でジュリ扇をあおぎながら踊るバブル期のギャルたち
ジュリアナ東京のお立ち台でジュリ扇をあおぎながら踊るバブル期のギャルたち

この当時の日本は列島すべてがバブル景気に浮かれまくっており、その象徴として当時も現在も、ジュリアナ東京のこの光景が取り上げられる。

そんな一世を風靡したジュリアナ東京だが、平成30年の現在、その跡地はどうなっているのだろうか?

ジュリアナ東京が存在した場所は、FJ時事新聞本社から徒歩10分弱、JR田町駅東口からだと徒歩約7分の、東京都港区芝浦一丁目13-10だ。

「ベンツ」等の外車輸入販売で知られているヤナセの本社ビル前の道路を挟んだ西側にあり、東京ポートボウル(ボウリング場)が入っている第3東運ビルの北東側1階がジュリアナ東京の跡地だ。

ジュリアナ東京が入っていたビルジュリアナ東京が入っていたビル

かつてのジュリアナ東京の入り口
かつてのジュリアナ東京の入り口

ジュリアナ東京は、総面積が1,200㎡、最大収容人数が2,000人だったとのこと。

現在は、さほど人通りが多くもなく、この地にジュリアナ東京があったことが信じられないが、バブル期は「ウォーターフロント」と呼ばれた地で、大人気エリアだった。

現在もこのジュリアナ東京跡地周辺はタワーマンションが建ち、かつての「ウォーターフロント」は「ベイエリア」と呼ぶようになり、相変わらず人気のある地には変わりないのだ。

ジュリアナ東京跡地を見て、「夏草や 兵どもが 夢の跡(なつくさや つわものどもが ゆめのあと)」(松尾芭蕉)の句を連想してしまった。

FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099