50年近く前のコントでも色褪せず笑えてしまう「コント55号」【連載:アキラの着目】

2019年05月26日

最近はテレビでお目にかかることが少なくなった萩本欽一さん。

2015年4月には、当時73歳で駒澤大学仏教学部の学生となり、通学する様子がワイドショーに取り上げられたのは記憶に新しい。

萩本欽一さんはご存知の通りコメディアンで、元々は浅草喜劇の人だ。

1966年に萩本欽一さんは坂上二郎さんとコンビを組んで「コント55号」を結成、それ以降、破壊力抜群のコントで、日本中から爆発的な人気を獲得したのだった。

その「コント55号」のコントは現在でも動画サイトで視聴することが可能だ。

大抵のコントは、伝統芸能の落語とは異なり、時代が変わると、流行と同じで陳腐化してしまうものだから、笑えなくなる。

なのに、萩本欽一さんと坂上二郎さんの「コント55号」は、令和元年の現在に観ても色褪せることなく全然笑えるのだから、驚異的だ。

FJ時事新聞ニッポンニュースでは、時代を超越した笑いを放つ「コント55号」のコントの中から特に面白いコントをピックアップしてみたので、ご覧頂きたい。

コント55号(萩本欽一・坂上二郎)のコント「個展」 YouTubeから引用

1.コント55号のコント・ネタ「個展」

2.コント55号のコント・ネタ「バドミントン」

「個展」は、坂上二郎さんのドタバタぶりが実にバカバカしく、つい笑ってしまう。

また、会場客の野次や声も含めて、ネタだけでなく楽しめるのも良い。

「バドミントン」は、見えない羽をあたかも見えているかのように演じ、バドミントンを指導するネタだが、理不尽さを笑いに変えているところが良い。

当時は、飛ぶ鳥を落とす勢いのコント55号であったが、お互いにピン(ソロ)での活動が増えたり、ドリフターズ(加藤茶や志村けんが所属していたグループ)の台頭や、同じ浅草喜劇出身のビートたけしの出現により、萩本欽一さんの冠番組は姿を消していった。

しかし、萩本欽一さんのコント55号の活躍や隆盛の軌跡は消滅しないし、今後も語り継がれてゆくことだろう。

FJ時事新聞
責任編集:拡輪 明-HS099